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ロミシンそのよん! 

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ロミオとシンデレラ――From a music, "Romeo and Cinderella" by doriko
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4.制服だけで駆けていくわ

 彼から離れるのが名残惜しくて、あとすこし、あとすこしと駄々をこねていたら、予定よりも帰宅の時間がずいぶん遅くなってしまった。家に帰ると、笑顔の般若がリビングで寛いでいた。

「――ミク、どこに行っていたんだい?」

 パパの笑顔は、一種の凶器だとおもう。パパの笑った顔は、娘の私からしても素敵だとおもうし、パパが私のパパになる前はその笑顔に魅了された女性も多かったという(ママがいうのだから間違いない。きっとママもそのひとりだ)。しかし、このパパの恐ろしいところは、本気で怒る時ですら表情が笑ったまま、というところなのだ。

「どこって、えっと……学校にいたの」
「おれもめーちゃんも、ミクをうそつきな子に育てた覚えはないよ。今日はずいぶん遅かったね? 連絡もなしで。こっちから連絡しても返事もないし」
「ごめんなさい……」

 笑いじわが深く、口角が上がっている、のに、視線が鋭い。相当怒っているみたい。優等生的に生きてきた私は、こんなに怒ったパパを久しぶりにみる。おいで、というようにソファに手招きするパパの方に向かいながら、横目だけで妹と、ママの姿を探す。妹はいない。部屋だろうか。ママは、キッチンで洗い物をしている。きっと夕御飯の後片付けだ。パパとのやり取りはきこえているはず、なのにこっちを向かないということは、ママも怒っているのだろう。
 パパと向かい合ってソファに座る。ああ、こんなに恐い笑顔のパパを相手にするくらいなら、ママの雷の方がずいぶん楽だわ。

「どこに行っていたんだい?」
「連絡しなかったのは謝るわ。気付かなかったの。学校を出てからも携帯をマナーモードにしたままだったから」
「うん。それで?」

 再三の追及に、そろそろ観念しどきなのを悟る。私は、ひと駅向こうの駅前にあるショッピングビルの名前を出した。

「合唱の練習がおもいのほか早く終わったから、買い物に行ったの。雑誌で紹介されていた靴が、とても可愛かったものだから」
「ひとりで?」
「ち、がうわ」

 いい淀みそうになって、なんとかこらえた。ひと駅向こうのショッピングビルに行ったのはほんとう。ひとりじゃなかったのもほんとう。

「合唱部の友達と、かな?」
「ええ」

 淀みない返答、だけどこれはうそ。本当は、彼と一緒に行ったのだ。学校に友達が持ってきた雑誌、そこで紹介されていた靴が、いま欲しいものにとても近かった。そういう話をしたら、行ってみようかという話になったのだ。ひと駅くらいの距離なら、それほど時間もかからずに行って見て帰って来られるだろう、そうおもって、ふたりで車に乗り込んだ。しかし、ちょうど道路の工事と帰宅ラッシュの時間帯につかまってしまったのだ。車内にふたりで話をしていた時はそれほど時間の流れも感じなかったのだが、気付いてみれば、日はとっぷりと暮れていた。

「ダウト」

 パパが、おどけた口調のまま、凄みのある低い声でいった。思わず頬がひきつる。パパの声は清涼感のあるきれいな声だ。けれど、こういうときに出す声は、とても厳かに重く響く――パパの逆鱗に触れた、その証拠。

「ミク、おれとめーちゃんね、夕飯の前にいつものスーパーまで買い物に行ったの。ネルちゃんだっけ? 友達の。彼女のお母さんと買い物に来てたよ」
「……!」
「いつもミクがお世話になってますって話をした時に、ネルちゃん、またミクに助っ人お願い『したい』って言ってたよ。夏のコンクール。近いうちにちゃんと本人にもお願いするけれど、ミクのお父さんたちからもよろしくお願いしますって言われちゃった」

 妹に「パパの笑顔は詐欺だよ」といわしめる笑顔である。なんとかして、この場から、できるだけ早く逃れたい。悲鳴をあげてしまいそうな心を抑えて、唇を噛む。甘やかなキスの味の、かけらも残っていない。

「まだ、練習には呼ばれていないんだね。それなのに合唱の練習ってうそついて、何をしていたの? そのぶんじゃ、他にもうそをついているね?」
「ごめん、なさい……」

 だめ。顔をあげていられない。恐い。涙が出そうだ。でも、ほんとうのことなんていえない。いったら最後だ。だって、彼はパパと一緒にお仕事をしている人。地位はパパよりも下。仕事がやりにくくなるくらいならまだいい、もしかしたらお仕事以外でも立場が悪くなってしまう。そんなことにはさせられない。震える手を握りしめ、爪の食いこむ痛みに耐える。

「うそついてほっつき歩いて連絡もしない。どこにいるのかわからない。誰と一緒かもわからない。言い訳もしない……ミク、おれたちにいえないようなことしてんじゃないだろうね?」
「……っ」

 言い返せない。けれど、ひどく鼻についた。パパたちにいえないようなこと? たくさんあるわ。でも、それが全部わるいことでは、ないはずよ!

「おれたちがどれだけ心配したとおもって――」
「後ろめたいことなんか、なにもしていないわ!」

 思った時には口に出ていた。パパが驚いた顔をする。視界の端で、ママがこちらを向いた。

「なにもかも話さなくちゃいけないの? どこにいるのか、誰といるのか、なにをしているのか、全部言わなきゃいけないの?」

 声が震える。鼓動が跳ねる。あふれた言葉は、堰を切ったようにとまらない。

「いいじゃない、ひとつやふたつ、秘密があっても! いいたくないことがあったっていいじゃない! 私、もう子どもじゃないのよ! パパは過保護だわ! いつまでも私を子ども扱いして、おうちに閉じ込めておこうとする! お人形さんじゃないのよ、私は!」
「ミク」
「『いえないようなこと』ってなによ! じゃあ訊くけれど、パパは私たちにいえないようなこと、なにもしていないわけ! なんにも、したことがないわけ! パパだって、洗いざらい全部、いえないことだってあるでしょう!」
「ミク!」

 制止の声は、高く響く透明な声。眉間にしわを寄せたママが、こっちを見ている。

「パパのいいかたも悪いけど、あなたのいいかたもあんまりね。パパが心配していたのはほんとうなのだから、謝るべきところでしょう」
「……じゃあ、もう心配なんかしてくれなくてもいいわ」

 ソファから立ち上がったら、足もとに水滴が落ちた。頬が濡れている。いつからだろう。タイツが濡れるのも構わずに、私はその水滴を吸ったカーペットを踏みつけて踵を返した。

「心配かけて、ごめんなさいね!」
「ミ――」

 私を呼ぶ声が誰のものか判断する間もなく、玄関脇に置いたままの鞄と紙袋――中には、そう、彼が買ってくれた靴が入っている――を抱えて、先ほど脱いだばかりのローファーに足を差し入れた。靴をつっかけた勢いで玄関に半ば体当たりして押しあけ、家から転がるように逃げ出した。
 ローファーのぼってりしたヒールがアスファルトにぶつかり、そしてすぐに地面から離れていく。走りながら制服のポケットを探り、携帯電話を取り出して、フリップを開く。マナーモードの画面に映るのは、メールと着信と伝言があったことを示すアイコン。マナーモードなんてなまぬるい。携帯電話の電源はオフ。

 名前を叫ばれた気がした。気のせいにして走り続けた。涙が苦くて、こんなに苦しい。
 どうか邪魔しないで。追いかけてこないで。邪魔するなら、ほんとうに、あなたが悪い人にみえてしまいそうよ。
 私は泣きながら、夜の街を彼の部屋めがけて、制服だけで駆けていく。


03<< To Be Continued... >>05 (C)KERO Hasunoha
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[ 2009/05/13 02:50 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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