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うみのくるしみ! 

この歳で、産みの苦しみを味わうのは、不幸なことなのか、幸福なことなのか。

しがないモノの戯言です。文字読みが不快でない方はお付き合いください。
嫌な気持ちになったとか、後でいわないでくださいね。あーあー、そうだよねーわかるわかるとか、
そういう報告も批判も同情も同意もいりません。

「私」「が」そうおもった、ってだけの話。

――じゃあなんでここに書くの? 書かなければいいじゃない。って?

手近に紙とペンがなかったからだよ。すまないね。
嫌なら見なきゃいいだけの話。つらいなら考えなくて結構。それはそういうスタンスとして認める。
カテゴリを見てほしい。これは、いわば物語のひとつだけれど、限りなく三次元的でなまくさい。

******

【!】Attention or, postscript
いつもはワードかメモに用意してコピペするのですが、今回はまさかのブログ管理画面に一発書き。
なので、誤字脱字はあたりまえ、推敲なにそれおいしいの? 状態です。
それでも、これを読んだあと、これが管理人の魂の叫びだと思ってくれればいいです。これが素。
いわば管理人のあたまのなか。ぐるぐるとぺたぺたとからからとしています。
要約:いつもより周波数の高い電波が蝕んだようです。

追記に入れないのは、ウイルスさんが怖いからです。追記のスクリプトから入られると困る。
なので、せめてもの反転です。ほとぼりが冷めた頃に追記に入れます。

追記いれましたー。あけるときは注意してくださーい。

*******

しかし私は考える。

考えれば考えるほど、苦しくなるのは、みんな知っているとおもう。
考えることが励行される教育を受けてきて、「考えること」が苦痛になった経験は誰しもあるはずだ。
「考え」なんてもんは、抽象的で、よくわかんなくて、でも、なんとなく、「ソレ」はじぶんの頭の、そう
じぶんの足りない頭のなかでしかつくられないことが、ちゃんとみんなわかっている。
苦しくなるのは、考えが足りないからじゃない。考えるための素材。つまり、経験とか、そのときどきに
自分が感じたきもちとか、感情とか、激情とか、怒り憎しみ痛み悲しみ嫉み恨み嬉しさ切なさ喜び、
たとえばそんなものの種類や量が考えるのに足りないから苦しくなるのだと私は考える。
あたらしい経験をした時、あたらしいきもちに出会ったとき、いままでなかったような感情に翻弄されて
苦しいとおもう。嬉しくても苦しいときはある。苦しく思ってなくても苦しいときはある。
考えることが、くるしいことなら、それの準備をすることも苦しいことだらけだ。まったく。

でも、考えることをやめることはできなくて、それでいてその考えを足りない頭で煮詰めようとして、
あまつさえ文字に起こして書き起こそうなんて正気の沙汰だとおもうけれどこれだってやっぱり
やめられない。

だから書く。思うから書く。考えたから書く。苦しいから書く。苦しむために書く。
おんがくがないといきていけない、と私は言った。ほかにもないといきていけないものはあるのに
おんがくがないといきていけないのは比ゆじゃない。
それとおなじくらい、文字と言葉とそれを記録する紙がないと、私はいきていけないとおもう。今更?
ずいぶん今さらだけれど、だって、誰も、空気がないといきていけないなんて言わないのと一緒。

しかし私は書く。

考えたことが無駄になるのはいやだ。せっかくたいへんな思いをしてたいへんな資材をなげうって
たいへんな量と種類のきもちや感情や経験や何やらを糧にしてせっかくせっかくせっかくせっかく
作ったとおもったかんがえたとおもったものをただだだもれにしておくのをはたして私は許せない。
それがたとえば他人がおもったこと書いたこと考えたこととに通っていたりあるいはそこから影響を
うけていたりして完全な「オリジナル」なんて、まったくだれも考えつかなかった「新発想」なんて
あるはずない。あるはずないけど今の今まで自分になかった「新発想」は忘れないように形にしないと
このできのわるい要領の悪い容量の少ない足りない頭はすぐにわすれて雑務にいそしむだろう。
から、絵にはできない抽象性と、音にはできない可聴性と、食べては味わえないものを加味して、
素手でさわれない世界に文字をもちこみ目からぜんぶ頭に叩き込むような伝達方法で、暴力的な
までに荒々しい方法で、苦しんで苦しんで死にそうになりながら、でもそれで死ねるなら本望!

だから私は考える、どうすればきちんと自分の足りない頭のなかみを完璧な形に仕上げられるか。
文字と言葉の力を借りて、頭の中身を紙に書く。そしていびつなものを成型するためにまた考える。

考えることと書くことは、私の獲得したもののうちで最大の財産だから、やめることはできない。
尤も、やめようなんておもわないけれど、
それでもやっぱり苦しい時はあるんだっていいたかった。

******
postscript(true)

cosMo(暴走P)の「園庭想空の女少(アンチ・ザ・ファンタジックガーデン)」の歌詞を見て思った。
曲があんまり好みじゃなかった(ていうかボーカルが好みじゃないっていう……)のに、歌詞だけ見て
戦慄が走った。で、自分の書いてきたものとか、書くときのきもちとか、「モノカキ」としての自分に
ついて本気出して考えてみたら、涙が出た。ほんとに泣くほど本気で考えた。
自分の書いたモノについて考えて、考えることが泣くほど苦しくても、やめられないのは、もう、これ、
空気と同じくらい私の生命維持にだいじだからなんでないの? って思ったら勝手に両手がキーを
叩いてた。またニコ動ネタかよといわれるのがいやだから、動画は貼らないでおく。興味があるなら
自分で探して。P名で出てくるはずだから。

何が発端だとしても、「私」「が」「考えた」だけの話だから、どーでもいいでしょ?

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[ 2009/05/20 21:14 ] 小説系 | TB(0) | コメント(-)

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