後編だよ! 

ピアプロで完結したのでこっちにもUPですー。
ぽルカ(がくルカ)のカップリング要素あり! 苦手なひと、ご注意ください。

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留守番と和菓子の昼下がり――Is it tasty?
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3.和菓子

「カムイ……」

 ふるふると震えながら、彼女は味見用のちいさなさじを握りしめていた。

「わたくし、あんこを侮っていたようですわ……手作りのあんこがこれほど美味しいものだとは……!」
「うむ、気に入ったようでなによりだ」
「これは、デリシャスということばでも表現が足りませんわ! まちがいなく、わたくしの食べてきた和菓子のなかで3本の指にはいるおいしさですわね!」

 ルカ殿の評価はいささか過剰であるようにも思うが、できたあんこは、思いつきの簡易なつくりにしてはまあまあの出来だった。実は、味付けの際に砂糖が若干足りないかも、と心配したのだ(これも準備がじゅうぶんでなかったことによる)。しかし、ルカ殿にとっては、逆にそのあっさりした味付けが好まれたようで、胸をなでおろしているところである。塩をいつもよりすこしだけ多くしたのが効いたのかも知れない。

「……でも、やはり、あのお豆を流してしまったのは勿体なかったですわね……」
「慣れない作業で手元が狂うのはよくあることだ。そう気にしていても仕方がない」
「でもっ……まあ、たしかに、気にしていても仕方ないですけれど」

 味付けに至る前段階で、皮の剥けた小豆を洗ったあと、さらし袋に入れて絞る、という工程がある。ボウルから袋に豆を移すとき、袋の口から小豆がこぼれてしまったのだ。ボウルを持っていたルカ殿からは、袋の口がきちんと開いているのが確認できなかったらしい。さいわいすぐに気づいたので、それほど流れはしなかったが、ルカ殿はそれをとても悔やんでいるようである。
 申し訳なさそうに、ルカ殿の視線ができたてのあんこに注がれる。伏せた鴇色の睫毛が憂いを帯びている。落ち込む、というには程度が浅く、それでも、浮かれているとはいいがたいルカ殿の表情に、こちらまでせつなくなってくる。

「こんなに美味しくなれるのなら、あのお豆たちも浮かばれたでしょうに」
「むぅ……しかし、あの豆が流れなければ、砂糖が足りていたかどうかわからないぞ。災い転じて、というやつではないか?」
「ワザワイテンジテ……?」
「災い転じて福となす、だ。災難だとおもっていたのが、考え方をかえると福にもなるという諺だよ」
「そんな言葉もあるのね。初耳よ」

 得心したように見上げられ、その瞳にぶつかった。何度見ても、いつまで眺めていても、きっと飽きなどこないだろう瑠璃花色の、深い色だった。慌てて視線をそらして(なにを慌てることがあったのだろう?) 、暗い小豆色のそれに目をそそいだ。思いつきの即席品とはいえ、つややかでなめらかな仕上がり。口に入れれば程よく甘く、上品な風味というにはいささか決め手が欠けるが、今回のこれは及第点であろう。
 ルカ殿は、先ほどよりはいくぶんか機嫌を取り戻した顔つきで、横目でちらりとあんこを盗み見た。

「……ところで、もうひとくち……いいかしら……」
「ルカ殿はみかけによらず食いしん坊なのだな」

 茶化すように言ったが、次に見た彼女の瞳は、おおいにつり上がり、頬は紅潮していた。あ、機嫌を損ねたかも知れない――と、思う間もなく、その唇から怒号が飛ぶ。

「ち、が……! ひとくちだけ、といっていますわ! わたくし、そんなに食いしん坊ではありません!」
「うむ、そんなに気に入ってもらえたならあんこも嬉しかろう。水ようかんにつかうぶんが足らなくならない程度になら、いくらでも食べるといい」
「……我慢しますわ」
「遠慮せずともよいぞ?」
「我慢します!」

 食いしん坊ということばが、予想以上に彼女の怒りに触れたらしい。あんこづくりにかかったこの数時間で、ルカ殿がとても矜持の高い頑固者であることはわかっていたのに、失言であった。つんとした態度で、あんこを見つめて苦い顔をしているルカ殿に、きっと数時間前なら、私はここでもうひと押ししたことだろうが、今の私はそうはしない。この数時間で、彼女が根はとても素直で、でもそれを押し隠そうとする可愛らしい癖があることも、わかっているのだ。

「そうか……まあ、全部を全部水ようかんにするとはいわないが、このあんこをあんことして楽しめる確証があるのは今だけなのになあ。勿体ないなあ」
「うぅっ……そう、よね。全部つかってしまったら、あんことしては食べられないのよね。やっぱり、もうひとくちいただくべきかしら……」
「食べちゃダメとはいった覚えはないなあ」
「……別に、カムイに同意を求めているわけではないのよ」
「そうか、それは失礼」

 おもむろに、流しの下の扉を開け、寒天の入った容器を探す。なにしろ、しばらく前につかったきりだったのだ、湿気にやられていなければいいが。探す合間にちらりとルカ殿の方を見上げると、(見たところさっきよりも若干多めにあんこを掬って)さじを口に運んでいるところだった。表情をうかがうまでもない、きっと彼女は喜色満面に頬張るのだ。目尻が下がって、口角は満足そうに上がり、もしかしたら目は細められていて、その瞳は拝めないかも知れない。
 ふと、自分の顎に手を当てた。いつもとは口周りの感触が違っているのに気づく――はて、その表情をしているのは、彼女か、はたまた私か。

「美味しいですわー……」
「それはよかった、喜んでもらえて私もうれしい」

 ルカ殿にとっては返事を求めるつもりなくいったであろうことばだったが、こちらも返事を求めるつもりなく、本心を吐露させてもらう。片栗粉の下になっていた寒天を発見してほっと息を吐き(なかったらどうしようかと思ったのだ)、そしてその妙な沈黙に気づいた……が、そもそも「返事を求めるつもり」はなかったのだから、沈黙もあたりまえなのだとおもいなおした。よっこらせ、と、曲げていた腰を伸ばし、さてちょうどいい手鍋はどこに置いたかと寒天片手に思案していると、横から寒天を奪われた。

「……カムイを喜ばせようと思ったわけではないのよ、でも……そうね」
「?」
「その和菓子づくりの腕前、ほめてあげてもいいわ」

 寒天を奪った手の主は、すこしだけ頬を染め、しかし口元はへの字に歪ませて、私に言い放った。その言葉と表情に、一瞬なにを言われたのか意味をはかりかねたが、思わずふき出してしまった。ルカ殿の眉間に皺が寄る。これ以上皺が深くなる前に弁明しておこう……笑いはこらえられないが。

「いや、真っ向正面から『ほめてやる』といわれたのは初めてなので……」
「ち、ちがいますわ! ちゃんときいていたの? 『ほめてやる』とはいっていませんわ、『ほめてあげてもいい』といったのです!」
「同じ意味だろう?」
「違います! デリケートディファレンスを汲みなさい! ……ああもう、早く水ようかんとやらをつくりますわよ!」

 ぷいと背を向けた彼女の背中に、ありがとうと声をかけると、うぬぼれないでちょうだい、と返ってきた。
 さて、それならお望みどおり、ようかん作りでご機嫌をとるしかないようだと判断して、早速寒天を煮溶かす作業に入る。棒状の寒天を洗って千切って、水の入った鍋に入れる。鍋を火にかけ、ゆっくり温めながら、寒天を煮るが、これはルカ殿が率先した。寒天を煮たことがないということ(どうやら寒天を見るのも初めてらしい)だったので、興味が沸いたのだろう。それほど難しい作業ではないので、彼女に任せることにして、私は砂糖の残量を気にしていた。
 ふつふつと透明になってゆく寒天を木杓子でかき混ぜながら、ルカ殿はさながら飴玉を運ぶありの行列を見つけた小学生のように、こころもち緊張した面持ちで、しかし視線だけはあからさまに興味深げに覗きこんでいる。

「どれ、綺麗に溶けたかな?」
「まだ、あとちょっとですわ……まだ大きめのかけらがいくらか残っていますもの」
「うむ、それくらいなら余熱で溶けるだろう。少し火を弱めるよ」

 片手で鍋の取っ手を、もう一方に木杓子を持っているルカ殿の横から、コンロのつまみに手を伸ばした。が、これがまずかった。私が利き腕でない方でつまみを弄ったので、つまみを捻る方向を逆にしてしまい、

「きゃ……!」

 鍋底からあふれた火はルカ殿の驚きと焦りを誘い、

「あ、危な……!」

 彼女の動揺はそのまま手元の狂いとなって現れた。手鍋を持った腕が身体の方に引かれ、その拍子に木杓子が飛びかけた。ルカ殿は流石の反射神経でそれをつかんだはいいが、さっきまで鍋の中でふつふつと沸騰していた寒天がこぼれ飛び、彼女の指に触れた。

「熱っ……!」
「ルカ殿!」

 その手から落ちる木杓子、次いで寒天入りの鍋。台所の床に落ちたそれらは音をけたたましく響かせた。寒天は薄赤のエプロンにもすこしだけ飛びちったようだが、どうやら服にはついていないようだ。しかし、気にすべきはそこではない。ルカ殿は指先をおさえて、苦渋の表情を浮かべていた。が、視線に気づくと、取り繕うように笑ったのだ。

「カムイ、へいきよ、ちょっと触れただけ」
「平気なわけなかろう! 見せなさい!」

 寒天に触れた方の手首を取り、自分の方に指先を引き寄せる。中指と薬指に赤みが差している。どうみても軽くやけどしている。沸騰した寒天を触ったのだからあたりまえだろう。熱湯を触るより熱かったはずだ。女性の指なのに怪我を、とか、自分の不注意で、などという思いが渦巻く。
 彼女も焦っていただろうが、私も突然のことで余裕がなかった。

 その指を、口に含んだ。

「カム、イ……?」

 ――ルカ殿の、不自然に上擦った声で、我に帰った。
 真正面に見据える彼女は、事情の飲み込めていないような様子で、しかし、頬は真っ赤に染め、その桃色の唇はなにか言いたげに開いたまま、青の瞳をこころなしかうるませ、こちらを見詰めていた。

 はて、やけどの応急処置法はなんだっただろうか?
 ……舐めれば治る、は、擦り傷切り傷だろうが!

 そして突如、部屋の戸口からばさりと重量のある布の落ちる音がした。

「――る、ルカちゃ……!?」
「ほほう、レンくん、キミはあれをなんだと思うかねえ?」
「いやいやリンさん、ボクらにはまだまだ早い話だとおもうねえ」
「は、初音、鏡音……!」

 慌てて彼女の手を放し、声の方を見ると、顔を真っ赤にして立ち尽くす(その足元に楽譜が入っているのであろうレッスンバッグが落ちている)ミク殿と、にやにやと人の悪い笑顔を浮かべているリン殿とレン殿がいた。

「ひ、人の家に入る時は、チャイムを鳴らすのがマナー……!」
「だってえ、ルカ姉。呼び鈴鳴らしたら奥の方でがしゃーんってすごい音がするんだもん」
「だからなにかあったのかと思って急いで来たんだろーがよ。まあ、お邪魔虫だったみてーだけど」
「か、鏡音ッ!」
「あ、あの、ルカちゃん、ごめんね……気が利かなくて!」
「違うのよ、初音、これは……!」
「ううん、ミクね、怒られると思って言わなかったけど、ずうっとルカちゃんとがくぽさんってお似合いだなあと思ってたの! 照れなくていいよ、ルカちゃん!」
「だから誤解ですわっ……!」
「でも、ルカ姉つかまえて指ちゅーだよ? がっくん意外とダイタンだなあ、ねえレン?」
「うん、奥手かと思ったらわりと手の早いヤツだったんだな、がくぽって」
「こ、これは、こここれにはわけが……!」
「がくぽさん、噛んでる噛んでる」

 ……その後、ルカ殿のやけどに適切な処置を施し(冷やして包帯を巻いた)、ミク殿とリン殿とレン殿にはひととおりの弁明をし(そして盛大に茶化された)、ひととおりの誤解をといた(が、とききれたかは自信がない)。さらに、寒天も床に落ちてしまったので、水ようかんまでもがまたの機会となってしまった。
 仕方がないのでホットケーキミックスであんこをはさんだ即席どら焼きを振舞って子どもたちをなだめたが、ルカ殿は、あれからずっとふくれて黙ったままである。たまに目が合うと、ゆでだこのごとく顔を赤くして、あからさまに顔を逸らす。……正直、すこしさみしくて、すごく切ない。

 ああ、せめて彼女に嫌われていなければいいのだが。彼女に嫌われたら、さすがに私も落ち込みそうだ。
 はて、なぜそんな風に思うのだろう? ――という疑問は、無意識に考えないことにして、どうすれば彼女の機嫌が直るか、と、私は茶を啜りながら策を巡らすのだった。

2<< Fin. (C)KERO Hasunoha
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まだなにかあるようだ!

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[ 2009/06/13 01:58 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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