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臆病鼠理論! 

ピアプロでのお知り合いさんがここを見ていると知っていて、敢えて投下する私はMだとおもう。
爆弾です。が、個人的な信念の話です。どうか、バッシングではないのだとおもってお読みください。

理屈屋で計算高くプライドも高いモノカキは、しかし自分に自信がなくて、叫び調子もしりすぼみ。
真剣になればなるほど枷も鎖も増えていき、がんじがらめになりながらも足掻くのをやめないのです。

******

ネタかぶりとかすごく気にする方です。何番煎じなネタとか、ありふれたネタに手を出すのは怖い。
特に後発になる場合。先達との比較の目で見られることが容易に想像できるし、自分が読者になる
場合、新規要素・長さ・文章スタイルなんかが自分の好みに合ってなければ読みたくない。

それで後手に回りたくないと思って、先手をとっても、実力不足の者が先手に回ったらそれはそれで
結局不安を感じるものなのだと思い知らされました。
ピアプロに投下したボカロ二次創作のうち、過去に私が書いた長編の2作とも、同じ曲をモチーフに、
連載開始されてる方がいらっしゃいました。1人は知り合いの方で、1人は知らない方で。

こっちで再録してあるし、自分の下げちゃおっかな、と、思いました。正直くらべられるのが怖いです。

拡大解釈、捏造設定の怖いところはここです。曲に沿った忠実な別見解がでればでるほど居場所が
なくなってしまって、自分より優れた書き手さんが出てきてしまえば、それだけで胸を張れなくなる。
自分のカキモノに自信がないって作品に対しても読んでくださった方にも失礼だし、後悔するような
モノなら公開しなければいいのに(シャレじゃないですよ、マジですよ)と、おもいました。

こういうとき、自分はどこまでも空想庭園の少女で、空想庭園依存症の子なんだなあ、と思います。
や、どっちかっていうと園庭想空の女少ですかね。
「同じ話はもう見飽きた」そう言われたくなくて、ころころと土俵を変えているのです。
今回はじめて亜種の物語を書きましたが、正直ピアプロにUPするには戸惑いがありました。
だって、ピアプロには亜種モノカキさんがたくさんいるから。

……でも、作品を消してしまうとコメントも消えてしまうのよね。そう思うと、なかなか消せないです。
うん、応援してくれたひとたちのためにも、消せないかな。なんて、読者のみなさんに責任転嫁して
納得するのは卑怯ですか?
でも、コメントとか感想とか、私のやる気のもとだから。そこにいていいんだなって確認できるから。
一次創作をしているときの蓮葉けろは読み手がなくても書ける子ですが、二次創作をしているときの
蓮葉けろや、別の名前の私は、読み手あっての書き手なのです、昔から。

******

コメントで思いだしたこと。批判ができない自分への怒り、です。私はちからのない己が憎い。
勇気のない己が憎い。表に出て叫べない己が、憎い。ここで言う前にすべきことがあるはずなのに。
相手は違えど、去年から思い続けていたことです。臆病風邪をひいた自分は心底やくたたずです。

……ピアプロには小説というカテゴリに台本形式の文を、または詩のような形式の文を投稿している
方が多数いらっしゃいます。そういった方は、多分中高生の方、見たところ若い方では小学生の方も
いらっしゃいました。
小説と称するからには、せめて地の文がなければならない。会話文だけのものを、はたして小説と
いうのでしょうか。小説というからには、ストーリー性がなければならない。動かない登場人物の、
心象描写だけで構成された文章は、はたして小説と言えるでしょうか。

そう問いたくても、問えない。それはちがうと、叫びたいのに、叫ばない。

私の知り合いの方は、会話文のみのものや設定書などは小説カテゴリではなくその他カテゴリで
投稿してらっしゃいました。私もそっちのほうが適当だと思っているのですが。そうじゃないひとに、
そう指摘した所で素直に受け入れてくれないかもしれない。逆に攻撃されるかもしれない。それは
とても、とても怖い。理屈で捻じ伏せられない相手は怖い。指摘を叩きと勘違いされたくないです。
叩きと批判は違うのです、怒ると叱るは違うのです。でも、その違いがわからない年代というのは、
確実にあるものと思っています。昔、先生に叱られるのが、一律怒られているのだと感じたように、
自分を批判する者は敵なのだと思ってしまう年ごろというのはあるものです。
それが、高年齢化している気がする、という感想は置いておいて。
私だって偉そうなことなんか言えない、指摘しようと思えばボロなんてたくさん出てきます。それも、
相手に強く出れない一因なのだけれど。

私は、自分の物語を「小説」と称するのは好みません。小説には、ストーリーの裏に作者の主張が、
それについての説得力が籠められているのが小説だとおもっています。このひとは何を思ってこれを
書いたのか、想像の余地のあるものが小説なのだと。
だから、私のストーリーを追うだけの、主張のすくない文章たちは、便宜的に小説と言っていても、
本質的には私によって語られたモノでしかないと思っています。物語特有の幻想性や、非現実性、
新・真・心・芯に迫らない描写の数々、それでも最終的に面白かったといってもらえるようなもの。
そんな特徴をもっている私の書くモノは、それならほとんどが物語です。書きたいから、だけで書いた
物語。小説なんて、高尚な名前をいただくほど、畏れ多いものじゃないとおもっています。
投稿時やブログなんかでは小説と称してますが、あくまでも「釣り」の一部です。すみません。
もちろん、物語を卑下しているわけではないです。物語も、作りこまれたものはとても素晴らしい。

私は見習い物語書きです。小説の書き手ではなくあくまでモノの書き手、モノカキなので、自分の
書いたものを自信をもって小説と称している方にあこがれるし、そんな方にうまく指摘はできないし、
指摘しても、そんなこと言えた立場か、と言い返されて終わるだけとおもっています。

無駄にモノカキ歴が長いので、何が圧になってしまうかわからないとおもうところもあります。
信念を押しつけているだけといわれて、そうじゃないと否定できない部分だってあります。
でも、無駄に年数重ねてる分プライドだって高いです。今まで感想も賛辞も批判も一杯、沢山の人に
多方面から多視点から言っていただいて、育ってきたモノカキの自分がいるのです。
だからこそ他人にも同じようにして還元できたらとも思うのだけど、いかんせんへっぽこなので……。

******

むつかしいです。めんどくさいです。ネット上だから、お互い表情も声もない、文字だけだから特に。
むつかしくてめんどうだけど、個人的に大事だなと思うことなので、書いてみました。
誰か、それは違うとか、それは間違ってるとか、言ってください。
私が驕っていないともかぎらないのですから。

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[ 2009/07/15 01:04 ] 小説系 | TB(0) | CM(1)

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[ 2009/07/25 03:44 ] [ 編集 ]

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