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恋するアプリそのに! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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2.What’sこの感情

「マスターに会いたいって、おもう?」
「なによ、急に」
 こんな風におれの質問から話をはじめるのはもう日常茶飯事になっていた。長い時間屈んで、冷蔵庫とその脇にある棚の中を覗いていた姉さんは、たぶん家にあるお酒の種類と残量と、今日のむ分の計算をしていたにちがいなかったのだけれど、おれはかまわず質問を続けた。
「やっぱり、生身で会いたいって、おもう?」
「そりゃあ当然おもうわね」
「それは、なんで?」
「なんでって……そうねえ」
 姉さんは冷凍庫からアイスを取り出し(おれは素直に受け取った)、棚から日本酒と徳利・お猪口のセットを取り出して、テーブルのいつもの席に腰かけた。棚の引き出しからスプーンを取って、おれも彼女の向かいに座る。
「あんなにいい曲を書く人なのだもの、一度『生の声』で話を聞いてみたいわね。……ディスプレイの向こうからの声を聞いているだけじゃ、やっぱり、すこし味気ないもの」
「ふぅん、なるほど……」
「なに、カイトは会いたくないの?」
「会いたいよ。いろんなことをおしゃべりして、できれば一緒に歌いたい」
「それはどうかしら……マスター、あまりうたうのは得意じゃないみたいだけれど」
「でも、しょっちゅう友達とカラオケに行っているじゃない」
「それをいうなら、ライヴだの演奏会だのにかける時間の方がよっぽど多いわよ」
 おれたちの持ち主がどんなひとなのか、知る方法はたくさんある。パソコン本体の登録情報だったり、メールや文書の署名だったり、このパソコンはいわばマスターの個人情報の宝庫なわけだから、探せばいくらでも情報はみつかる。それに、マスターがおれたちを――ボーカロイドを使用するとき、おれたちにもマスターの姿が見えるし、声も聞こえる。会話することだってできる。基本調声はマスターがエディターで行うこともできるけれど、おれたちのマスターは、ボーカロイド相手にじかに声をかけ、ああでもないこうでもないと指示を出すことの方が多かった。休憩には雑談を挟み、マスターの人柄をうかがうこともできた。
 けれどそれはつまり、おれたちにはマスターがボーカロイドエディターを開いているときだけしか、マスターの姿が見えないしパソコンの外の音が聞こえない、ということを意味する。マスターとの接点は、マスターがおれたちを呼び出したときにしか通じない、一方通行。それがいいとかわるいとか、思ったことはない。ただ、すこしだけ不便だなと思うことはあるけれど、結局現状に特に不満はない。
 だって、おれたちは、アプリケーションソフトウェアだから、マスターの呼び出しに応えるのは当たり前のこと。
「……姉さんは、実際にマスターに会いたいとおもう」
「うん。まあ、できればの話ね」
「姉さんは、マスターがすき?」
「なにをいまさら。当たり前じゃないのよ」
「じゃあ、それは恋?」
「……っ、ごほ、けほっ!」
「ね、姉さん、なんでいきなりお酒吹き出すの! ほら、布巾!」
 姉さんはおれの手渡した布巾で口の周りを押さえ、睨むようにこっちを見た。
 はて、おれは何かしただろうか。また姉さんを何か怒らせるような質問をしただろうか。だとしたら何がひっかかったのだろう。おれがおろおろと視線を泳がせているうちに、姉さんは復活し、居住まいを正していた。姉さんが、こほんと咳払いをひとつ。おれは、内心ひやひやしながら、姉さんの顔色を窺った……けれど、その表情はなんとも微妙で、敢えて表現するなら「こいつどこかエラーでもでたのか」くらい思っていそうな顔だった。
「カイト、その論理はどこからでてきたわけ?」
「お、おれ、なんかまた変なこといった?」
「いいから。なんでそうおもったの?」
 口調はきついが、怒っているわけではなさそうだ。おれは、安心してわけを話すことにした。
「今日、マスターにもらったうたの、歌詞で……たぶん、そういうことだとおもうんだけど……」
「どんな歌詞? 私にも見せてみなさいよ、その歌詞」
「うん。ちょっと待って。部屋から取ってくる」

 その日、おれは初めてマスターからソロ曲をもらって、うたってきたのだ。ディスプレイの向こう側で、マスターは、はじめてかいとくんのために書いた曲だからな、と、意気込んでいた。しっかり調声するからね、と。それまで、姉さんの曲のコーラスを担当したことならあったけれど、ソロ曲をもらうのははじめてだったから、おれはとても嬉しかった。俄然張り切ってうたったら、マスターはおおベタ打ちでもなかなかじゃないか、といって、くすっと笑った。それがとても嬉しくて、もっとたくさんうたいたかったのだけれど、それは時間がゆるさなかったらしく、マスターの弟さんの「ごはんだぞー」のひとことで、マスターはエディターを閉じ、パソコンの電源を落とした。
 うたっているときは、うたえるのが楽しくて、ひとりでうたうのがどきどきして、マスターが喜んでくれるのが嬉しくて。でも、はたと冷静になったとき、歌詞の意味をきちんと理解していない自分に気がついた。
 おれは、「恋心」を知らずに、「恋の歌」をうたっていた。

 部屋から持ってきた楽譜と歌詞を姉さんに渡すと、姉さんはざっと目を通してから、もう一度、丹念にその楽譜を読みこんだ。そして、二度目の通読が終わった後、またタイトルページを表にして、おれに問いかけてきた。
「カイト、さっき私に『マスターへの好きは恋か』って訊いたわね」
「うん」
「答えはノーよ」
「ちがうの?」
「マスターのことは尊敬しているけれど、それは、敬愛とかそういった類のものよ。恋とか愛にも、いろいろあるのよ。血のつながった者同士でも、親に対するきもちと、きょうだいに対するきもちは違うというもの」
 カイトだってそうでしょ? と問われて、返答に困った。何と何を、あるいは誰と誰を比較すればいいのか、わからなかったのだ。おれには、血のつながった……というより、血が流れていないし、親といわれてもピンとこない(ボーカロイドを開発した会社を親と呼ぶこともできるだろうけど、それはなんとも味気ないようにおもえたのだ)。おれが便宜上「姉さん」と呼んでいる彼女だって同じだ。おれが彼女を「姉さん」と呼ぶ理由は、彼女がおれより先に発売されて、おれより先にこのパソコンにインストールされたっていうところに尽きる。だから、姉さんとおれは厳密にはきょうだいではなくて(余談だが、おれと姉さんの開発時期はほとんど一緒、というか同時だったともきく)、おれが姉さんに対して抱くきもちと、なにを比べればそれがどんなふうに違うのだとわかるのか。
「……よく、わかんない」
「そう? うーん……たとえがわるかったかしら」
 この1ヶ月で、姉さんはおれの思考能力を的確に把握していた。考えを読まれている、なんておもうことすらしばしばで、でも、姉さん以外のアプリケーションとの会話の端々から想像するに、もしかしたら姉さんも、おれと同じような経験をしていたのではないかとおもう。
「じゃあ、こう考えてみなさいな。カイト、マスターは好き?」
「うん」
「他のアプリケーションは? 好き?」
「好きだよ。みんな優しい」
「それなら、マスターに対する『好き』と、他のアプリたちに対する『好き』は、同じ?」
 どうだろう、と、首をひねった。マスターは優しい。売れ行きのよくなかったおれを買って、うたわせてくれているし、うまくうたえばほめてくれる。いろんな話をしてくれるから、おれはマスターが好きだ。他のアプリたちも、おれの知らないことを教えてくれたり、いろんな話を聞かせてくれたりする。彼らもおれがうたっているのを聞くと、ほめてくれたり冗談交じりにけなしてきたり、気のいい奴らだ。でも、マスターのようにおれをうたわせてはくれないし、なんていうか、アプリたちにほめられるときと、マスターにほめられるとき、おれの感じ方は少し違うようにおもう。
 アプリたちにほめられても、もちろんうれしい。けれど、マスターにほめられると、うれしいと同時に、すこしだけくすぐったくなる。そこから導き出される結論は。
「……違うと、おもう」
「でしょ。相手が違うと、それぞれに対するきもちは、同じ『好き』ってきもちでも、少しずつ違ってくる。私がいいたいのは、そういうこと。あとは、自分で考えなさい」
「うん、ありがとう姉さん。やっぱり姉さんは頼りになるよ」
 とっかかりができたようにおもった。姉さんは、こういう教育者としての采配や、タイミングを読むすべにも長けている。姉さんが「考えなさい」というなら、ここからは、おれが自分で考えなければならない問題なのだろう。きっとこれがわかれば、歌詞の意味もすこしは理解できるのだろうか。
「ねえ、恋についてもなんについてでも、考えればわかるものなのかなあ?」
 思うより先に口をついてでたのは、純粋な疑問だったけれど、それをきいた姉さんは、目を丸くして、それから
「あんた、わりと簡単に核心を衝くわよね」
 すこしだけ複雑そうな苦笑を洩らしたのだ。

01<< To Be Continued... >>03 (C)KERO Hasunoha
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[ 2009/07/15 01:17 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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