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恋するアプリそのご! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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5.僕のこの声届けて下さい

 結局、ノートン先生のところに行っても「検出されたセキュリティリスクの数:0」――つまり「異常なし」の診断書が渡されただけだった。姉さんは、おれのいった「大丈夫」の裏付けがとれていちおうの合格点はだしてくれたようだったけれど、いかにも納得のいかない顔をして診断書を突き返してきた。そりゃあそうだ。ノートン先生でも検出できない病気が存在するなんて、おれだっておもいもしなかった。
 これが、安心すべきことか、警戒すべきことなのかは、判断しかねることだったけれど、この身体を蝕む病魔の正体をしっているのは、結局のところ、おれだけのようだった。

 それからというもの、おれはマスターに呼ばれるたびに不規則な動悸を繰り返し、笑いかけられれば動揺し、うたをうたおうと集中すればするほどうたを聴いているマスターの存在が浮き彫りになって――つまり、調声はおもうように進んでいなかった。おれのソロ曲だから当たり前だけれど、呼び出されるのがおれだけで、それまで一緒にうたっていた姉さんがその場にいないことも、「マスターとふたりっきり感」に拍車をかけていた。それがこのうえなく嬉しい反面、緊張することもこのうえなかった。
「んー、なんでかなあ。ずいぶん声上擦るねえ、かいとくん」
「すみません……おれ、へたくそで」
「いやいや、かいとくんのせいじゃないだろ」
 そうです、あなたのせいで緊張してうまくうたえないんです――とは、いえない。自分が勝手におもっておいて、その言い草はさすがに責任転嫁も甚だしい。でも、もうこうなってしまったら誰の責任でもないような気がする。
 なんでかなあ、と首をひねるマスターを見ると、ますます申し訳なさが募る。マスターのために、うまくうたいたいのに。なんだかこれは、世にいう「きもちが空回り」状態なのではないだろうか。
「かいとくん、オクターブ下げた方がうたいやすい?」
「音域的には……でも、そしたらオケも調整し直しですよね」
「あ、そっか。それはたしかに手間だ」
 妙なところでものぐさなマスターは、自分で出した打開案もあっさり取り下げた。……いや、これはおれがうたえないからわるいのであって、決してマスターが頭を悩ませる問題じゃない。だから、そんな難しい顔しないでください……!
「あの、おれ、がんばりますから……!」
 振り絞った声がなぜか震えて、おれは自分自身に驚いたけれど、マスターは一度きょとんと目を丸くして、それから静かに微笑んだ。
「うん、わかった。じゃあちょっとパラメータいじるよ。……エディター操作あんまり好きじゃないんだけどなあ」
 そういいながら、エディターに向かうマスターの凛々しいことといったら――ああもう、また、エラー症状がでてきてしまうではないですか。

 しかし、マスターの懸命の努力もかなわず、おれの調声は難航をきわめた。マスターはしきりに「なんでかなー」「2回目のときがいちばんよかったなー」と呟いて、色々な試行錯誤をかさねたが、結局のところ、おれにエラー症状がでているのでうまくいっていなかった(ちなみに、2回目のときというのは、おれがマスターへのきもちを自覚した日にうたった音源である。しかし、マスターは手違いでそのファイルを削除してしまったか保存をミスしたらしく、調声を復元できないでいる)。アプリケーションのくせに、使用者の――マスターのいうことがきけないなんて、もう、これは本当に、深刻なエラーである。それでもマスターはおれのエラーには全く気付かずに、調声を続けていた。

 2回目の調声から1週間後――つまり、おれがうまくうたえなくなってから1週間も経っていたのだが――、おもわぬ事態におれは唖然とした。
「と、いうわけでかいとくん。助っ人を頼むことにしたんだ」
「よう、東雲家のカイト」
 いつも聞いている、マスターの若干滑舌のわるいアルト声の後に続いたのは、すこしざらついた、ハスキーといえなくもない男声だった。パソコン越しに見えたのは、若い男の人。茶っけの混じった黒の短髪に、黒縁眼鏡、淡い色合いのカッターシャツが似合う、そこそこ格好いい人だった。が、おれの脳内ではそんな情報を素通りして、たったひとつの疑問が渦を巻いていた。
 ――ますたー、だれですか、そのひと。
 まさに青天の霹靂である。マスターには、彼氏はおろか男性の影さえなかったはずだ。マスターの書く日記は毎日チェックしていたけれど、そんな風な記述がでてきたことなんていままでなかったし、マスター自身も「音楽が恋人!」「めーこさんは私の嫁!」「かいとくんは私の妻!」といって憚らなかったものである(……妻といわれてはずかしいやらうれしいやらで、結局「おれは男ですけど」という機会は逃した)。
 それが、なぜ。どうして、いきなり部屋に男をあげているんですか、マスター!
「……アキラ、こいつフリーズしてないか?」
 男がさも疑問そうにボーカロイドエディターのウインドウをクリックしたが、おれは反応しなかった――というより、混乱で反応できなかったのだ。うたうどころではない。ゆゆしきことだ。
 アキラ……晶、だと? それはマスターの下の名前じゃないか。なんでその男はマスターの名前を知って……いや、問題はそんなことじゃない。なんで普通に名前呼び、しかも敬称も何もなしで呼び捨てしているんだ!
「へ? まさか。あれ? おーい? ……動かない。なんでー? かいとくーん? ……返事しません、どうしましょう」
「仕方ねえ、強制終了させるか」
「でも動かないのエディターだけですよ。ほかのはちゃんと応答するし」
「バカ。そのエディターが動かないと俺が来た意味がねえだろーが」
 しかもマスターに向かってバカとかいうか! たしかにうちのマスターはちょっと抜けていたり後先考えていなかったりするところはあるけど、そこまでいわれるほど馬鹿じゃ――
「ああ、そうですね……じゃ、一旦電源落としますね」
 ――って、ちょっと待って!
「まっ……」
 マスター、と言おうとして、不自然に切れた声は、マスターの耳に届いただろうか。むろん、パソコンが再起動されるまでの数分間、おれが混乱の最中に叩き込まれていたことはいうまでもない。
 マスター以外の人間をみたことがないわけではない。一人暮らしのマスターのもとに、たまに遊びに来(て、ときにはマスターのごはんまでつく)るマスターの弟さんや、バンド活動や演奏団体で知り合った友達が、おれや姉さんをいじることもあった。でも、マスターは、マスターの弟さん以外で、男の人を部屋に上げたことはない。すくなくとも、おれや姉さんが呼ばれていたとき、部屋にいたのは全員女性だったはずだ。
 まさかそんな。おれたちの知らないうちに? たしかにおれたちはマスターのプライベートにまで口出しはできないけれど、でも、でも……なんだかとっても、腹が立つ!
 だれなの、なんなの、あのひと――マスターとどういう関係なの!

「かいとくん、今度はちゃんと起きてるー?」
「起きてます……」
 再起動されたパソコン、立ち上げられたボーカロイドエディターから、とん、と地面に着地して、おれはやや憮然とした態度で応えた。それをいうなら、さっきもちゃんと起きていました。ただ、反応できなかっただけです。
「マスター、あの……」
「よかったー、急に動かなくなるんだもん、焦った焦った」
「それで、その……」
「おお、今度はちゃんと動くな。よしよし」
 さっきのあのひと誰ですかといい終わる前に、例の男声が割り込んできた――ああ、夢じゃなかったんだな。
「で、音源ファイルどこだ? これか?」
「ちょ、エディター以外いじらないで下さいよ。セクハラです」
「せっ……どう考えてもセクハラと違うだろ!」
「じゃあ、プライバシーの侵害です。他人のもちものに気安く触れないでください」
「お前……! ……っ、そんな理屈っぽいと男が引くぞっ、そんなんだから彼氏もできねえんだろ」
「別にモテようとおもってません。モテようと頑張って野暮ったい安眼鏡からオシャレ眼鏡に変えたひとにいわれたくないですね」
「なぜそれを!」
「美憂先輩が。とりあえず無難なの選んであげたっていってました。さすが美憂先輩の見立てですよねー。眼鏡が映えてますもん」
「俺じゃないのか! 映えてるのは眼鏡の方か!」
 なにやら漫才のように掛け合いを始めたふたりを見ていられなくて、おれは、意を決して叫ぶ。
「マスター!」
「わ、びっくりした。かいとくん、どうしたの?」
「どうしたの、は、こっちのセリフです! だっ、誰なんですか、その人!」
 肝心なところで噛んだ。なかなか格好よく決まらない。
「そうだそうだ。ご紹介しないとね。えーっと、名前はハルちゃん先輩」
「アキラ、お前までちゃんづけすんなっていってんだろ」
「美憂先輩から了承は得てますよ?」
「だから、美憂の真似すんなって!」
「じゃあ、ハルカちゃん」
「下の名前フルにちゃんづけすんな! てか年上に対して失礼だろ! ケンカ売ってんのか!」
「とかいいつつ、ハルちゃん先輩は私の名前が男らしいからって、うらやましいだけでしょう」
「お前、よっぽど俺とバトりたいらしいな……!」
「負ける気がしません。腕相撲でもマリカーでも飲み比べでも私の圧勝だったじゃないですか」
「ぐあああ全部本当だから余計にムカつくうううう!」
 ……だから、頼むから、お願いだから。握った拳が小刻みに触れるのも構わずに、おれは、最大音量で怒鳴った。

「――おれを、蚊帳の外にして盛り上がらないでくださいッ!」

 精一杯のこころからの叫びは、パソコンにつながったスピーカーを倒す勢いで、部屋の中にこだました。

04<< To Be Continued... >>06
TEXT RIGHTS:KERO Hasunoha, AND, CHARACTER RIGHTS:KOHARU Ohmiya
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[ 2009/07/15 01:25 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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