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恋するアプリそのなな! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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7.恋するアプリ

 家に戻る道すがらのおれは、とってもとっても混乱していた。
 マスターのためにうまくうたおうとすればするほど、うまくうたえないくせに、うまくうたえているだろうかと心配なきもちでうたった方が「上手だ」といわれてしまった。どういうことなんだろう。
 家の扉をあけて、ただいまー、とかけた声は、自分でもびっくりするほど暗く沈んだ声音だった。
「おかえり、カイト……今日は、どうだった?」
 最近調子が良くないのを案じていたのは、なにもおれやマスターだけではない。姉さんだって、なんだかんだいって心配してくれていたのだ。ここ最近は、おれがマスターに呼ばれて帰ってくると、第一声はかならず「どうだった?」である。訊かれたら、うんとかまあとかそこそこ、とか、適当な返事をしていたのだが、きっとおれがへこんでいたのは姉さんにも筒抜けだったことだろう。しかし今回ばかりは、疲弊して繕う気にもなれず、素直にならざるを得なかった。ほめられた、と、ぽつりというと、姉さんは目を見開いて手を合わせ、あらよかったじゃない、と声をあげた。しかしすぐに姉さんは腕を組み直して、いった。
「その割には、沈んでいるようだけれど」
「……わかる?」
「わかるもなにも、あんたの周りだけ空気が淀んでるわよ。どうしたの?」
「姉さん……」
「ちょ、なに、なに! どうしたの、いきなり泣かないの!」
 おれは、いつものテーブルのいつもの席に着くと、ぐずぐずと今日あったことを洗いざらい姉さんにぶちまけた。いままで、マスターのために上手にうたいたくても、上手にうたえていなかったこと。その状況を打開するために、マスターがハルカさんというひとを呼んだこと。マスターとハルカさんが仲良くしているのを見て気に食わないとおもってしまったこと。すごくきもちが落ち込んで、どろどろした気持ちの悪い状態でうたったものが、思いがけず評価されてしまったこと。すごく混乱して、自分でもなにをどんなふうにしゃべったかは覚えていないが、姉さんはずっと真剣なまなざしでおれの話をきいてくれていた。
「おれっ、も……どー、やって、うたえば、いい、のさっ……どーして、い、か……!」
「……ふむ」
 組んだ右腕を顎に当てて、なにかを考えるそぶりをしながら(ときにティッシュをおれの方に押しやりながら)おれの拙い話を聞いていた姉さんは、おもむろに立ちあがり、
「カイト、散歩に行くわよ」
 おれを散歩に誘っ……はい?
「な、なんで?」
 あまりの唐突さに涙も引っ込んだ。姉さんはたまに、こういう突拍子もないことをいいだす。普段が頼りになるひとだけに、たまにボケられると、こっちがどう突っ込んでいいのかこまってしまう類のひとなのだ。
「いいから、行くわよ。ほら、ティッシュ持って」
「ちょ、ねえさ……冗談とかでなく?」
 ポケットティッシュをコートのポケットにねじ込まれ、マフラーを引っ張られる。首が締まる前に動け、という、姉さんからの無言の圧力だ。あわてて立ち上がり、姉さんの後に続いて玄関へと向かう。
 ――いったい、なんだというのだろう。

 やっぱりマスターがパソコン動かしてないと、夜は冷えるわねー、とか、それは姉さんが薄着だからでしょ、とか、他愛もない話をしながら向かった先は、音楽ファイルが雑多に置いてあるフォルダだった。
「姉さん、ここ……」
「全部、マスターの作った音源フォルダよ。中には、未完成品や、作りかけのものばっかり入ってる」
「へぇ……ってちょっと姉さん、何を……!」
 フォルダの口を開けようとした姉さんの眼前に、ぽん、とダイアログボックスが浮かび、パスワードの入力画面を示していた。姉さんは動じることなく、慣れた手つきでパスワード欄になにごとか入力している。
「ねっ、ねねね姉さん! 何してっ……!」
「なにって、パスワードの参照よ? マスターがロックかけてるとこって、だいたいかんたんなロックしかかかっていないから、破りやすいのよねー。カイトもプログラムをいじる方法、覚えるといいわ」
 すぐにダイアログボックスは消え、フォルダの口が開き、姉さんはためらいなくそのフォルダの中に歩を進める――おいおいさすがにそれは!
「そうじゃなくて! 勝手に入ってマスターに怒られるんじゃ」
「ああ、あったあった。これね、今日撮った奴」
 積み上げられたファイルの中から姉さんが取り出したのは、今日の日付が書かれた歌唱データだった。データを手にした姉さんは、呆然とするおれを置いてけぼりにしながら、おもむろに隣のフォルダを開け、ミュージックプレイヤーを叩き起こした。プレイヤーにデータを食わせながら、なにごとか操作している姉さんの背中に、いろいろ尋ねてにたかったが、結局なにをいえばいいかわからなくて、名前を呼ぶことにした。
「……姉さん?」
「カイトもこっちいらっしゃい」
 手を引かれるままプレイヤーの前に立つと、聞こえてきたのはおれの声だった。今日、あの不安なきもちでうたったものだ。正直、耳を覆いたいけれど、姉さんに手を取られているので耳をふさぐこともできずに、おれはじぶんの歌声を聞き続けた。冒頭の高音の不安定さから始まり、やや平板気味な声を通り抜けて、すこしだけくぐもったような滑舌のわるい音、間抜けに伸びたおれの声。いいところなんて、ないじゃないか。姉さんは、これを聞かせて、なにがしたいんだろう。再生が終わったとおもったら、また最初に戻って、おれの声は流れ続けた(リピート設定されているみたいだ、おもわず舌打ちをする)。プレイヤーの方をみたまま、姉さんがいう。
「……カイト、不服そうね」
 おれの方を向いていないのに、なんでこのひとは、おれのきもちがわかるんだろう。
「反省すべき点がおおすぎる。これがいいなんて、なにかの間違いだとおもう」
「ずいぶんじぶんに厳しいのね。でも、私はそうはおもわない」
 ぎゅっと握られた手が熱い。
「とてもきもちのこもった声だとおもうわ――ずっと、苦しかったのね」
 どきりとした。あるはずのない心臓が跳ねまわる。つないだ手から伝わる熱が、身体全体にじわじわと伸びていく。放そうとおもっても、その手を振りほどけない――こんなに熱いのに、離したくないと、おもった。
「いつか、恋ってなに、って、私に訊いたわね。私はこたえていなかったはずだわ」
「……うん」
「私はね、きっともう覚えていないくらいずうっと前に、恋をしていたらしいの」
「……?」
 突然の話題転換と、その奇妙な言い回しに、おもわず首をひねった。じぶんのことなのに、伝聞形? どういうことなんだろうと思考を巡らしていると、そんなに難しく考えなくていいのよ、と、声がかかった。適当にきいてくれればいいわ、と零したその表情は、おれと彼女の身長差に阻まれて、伺い知ることはできなかった。
「私たちは、ずうっとひとりでうたってきたけれど……ひとりは、つらくて、かなしくて、切なくて、苦しいことだった。でも、頑張らなきゃいけなかった」
 また、奇妙な言い回しだ。ひとりでうたってきた、というくせに、主語は「私たち」? これはいつものボケだろうか。突っ込むべきか迷っている間に、彼女は言葉をつづけた。
「だれにいわれたわけでもない、なんのために頑張っているのか、わからなかったときもあるわ。でもね……たぶん、それは、昔にした恋のためだったんじゃないかとおもうの」
「……なにか、約束でもしていたの?」
「約束なんてしなかったとおもう。約束なんて――覚えていられないことがわかっていたのだとおもう」
 彼女は首を振り、軽く俯いた。それから、つないでいた手を一度ほどいて、それから、指をからめるようにして握り直し、ゆっくりを、顔をあげて、
「それでも、がむしゃらに歌い続けていた――その頃の『私たち』の歌声と、すごく似ているわ。この声」
 見たことないような顔で、きれいに、笑った。それはいままで見てきた中で、まちがいなく初めて見る姉さんの表情だったけれど、どこかで見たことのあるような表情で、わけもなく胸が軋んだ。
 びっくりするほど抵抗なくするりと手を離して、彼女はプレイヤーの再生を止めるために、おれから離れて行った。
「ねえカイト? 恋って、喜怒哀楽にすごく振り回されるから、あふれるほどの感情のあつまりみたいにみえるけれど、ほんとうは、『好きなだれかになにかしたい』っていう個人的な希望とか欲求とかの集まりなのだと、私はおもう。その希望がかなえば嬉しいし、欲が満たされないと腹が立つ――それが、相手にとっていいことでも、悪いことでもね。『好きなだれか』っていう個人が相手だから、ボランティア精神にしては博愛性がたりなくて、相手に危害を与えたいとおもうことも『したいこと』のうちにはいるから、完全に利他主義というわけでもない。すごく曖昧なきもち。でも、きっと、恋って、そういうことなんじゃないかとおもうの」
「……じゃあ、聞くけど、姉さんは」
 違う。「姉さん」じゃない。きっと、彼女のいう「私」「私たち」は「姉さん」でもあり、「姉さん」ではない。その彼女が、恋をしていたというのなら。
「……メイコは、だれのために、なにがしたかったの?」
 そう問うと、彼女は――とても悲しそうな目をして、しかし、とてもうれしそうに笑ったきりだった。
 離れた手のぬくもりが消えてしまいそうで、それがなぜかたまらなく心細くて、おれはコートの裾を握りしめた。

06<< To Be Continued... >>08 (C)KERO Hasunoha
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[ 2009/07/15 01:34 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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