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恋するアプリそのはち! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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8.グー先生に教えてもらいに行こう

 その後も何回か微調整のためにマスターに呼ばれてうたったが、結局調声はほとんど変えないまま、マスターはミックスの作業に入った。声のデータが取れたら、もうおれの仕事はないといっていい。それでも律儀なマスターは、「完成したら聞かせるからねえ」といい残し、エディターを閉じた。それきりしばらく呼ばれていないが、マスターの日記を見るに、おもうように時間がとれないようで、「ミックスすすまないー」「時間たりないー」「課題要らないー」など叫びの文字が踊っていた。
 はあ、と、ため息をつく。またしばらくマスターに会っていない(し、会える予定もない)ので、胸がむかついているのかといわれればそうだが、しかしそれ以上に気がかりな理由があって、気もそぞろな状態である、というのも否定しようがない事実だった。
 ふたりで散歩に出たあの日以来、彼女との距離感が、うまくつかめていない――いや、実際は気のせいなのかもしれないけれど、確実に、それまでとは何かが違っている感触はあった。何がどう違うというわけでもない。いつも通り寝起きして、いつも通り一緒にご飯を食べて、いつも通り家事を分担して、いつも通りネットの世界に出掛けて、いつも通り喋って、いつも通り笑って。すべてがいつも通りのはずなのに、何かが違っていた。そう、以前と確実な違いがあるとすれば――
「カイト、あっち。あれ見てみましょう!」
 出掛けた先でもそうじゃなくても、それまでなら、迷わずおれの手を取っていたその細い指が、おれのコートの袖を掴むにとどまっていることと、
「ま、待ってよ……っ!」
 手を引かれたおれの口から紡がれた言葉に、それまでなら、確実に続いていただろう彼女を表す形容語――姉さん、というその呼び方を、おれが、彼女に対して使えなくなっていることだった。

 こういう状態を、「ぎくしゃくしている」と表現するのだ、と、ネット上で見かける質問掲示板で知った。ここのところ、おれは、知恵袋と称されたページの閲覧にはまっていた。個人が気になること、疑問なこと、相談したいことなんかを書きこんでいる掲示板のようなもの。いつもの散歩のときに、ふと覗いてみたのだが、意外とためになることが書かれていたり、普段疑問に思わないようなことについて真剣に議論していたりするから、おもしろい。……まあ、ほんとうの目的は、楽しむだけではないのだけれど。最近目につくトピックが、「相手との距離」だの「他人への接し方」だのという言葉のふくまれるトピックばかりなのは、きっと偶然じゃない。
 たとえば、今日は、「先日、姉とケンカしてしまいました」なんていう相談トピックを見てきた。これはどうにも他人ごとにおもえない――とおもったのだが、冷静に考えるとおれは彼女とケンカしているわけでもないし、質問欄を見てみれば、おれとはずいぶん状況の違うひとのようだった(まあ、おれはソフトだし、人間になぞらえる方が無理かもしれないけれど)。それでもどう解決しているのか、と、本気半分野次馬根性半分で回答を見に行くと、実にさまざまなアドバイスがなされていた。たとえば、「好きな食べ物で機嫌をとったらどうか」「メールとか手紙とか、間接的方法がいいとおもう」「少しずつ歩み寄っていけばタイミングもつかめますよ」――おれにとっては役に立つんだか役に立たないんだか、よくわからない回答だったが、ほとんどきまぐれなおもいつきで、お酒を持って帰ろうかな、なんておもった。そんなことを思う頃には、そろそろ夕飯の時間に差し掛かっていて、遅くなってはいけないと自然と足が速まった。

「ただいま」
 家の中に響いた声に、応える声はない。いつもなら、家のどこかから返ってくるおかえり、のひとことがなかっただけなのに、おれは、奇妙な不安と違和感を覚えた。靴を脱ぐのももどかしく、妙に焦って玄関から家に上がることすら手間取った。手にした期間限定販売のアイスと、おいしいと評判だった梅酒の瓶を取りこぼしそうになりながら、それでも大事に抱えて廊下を進む。リビングのソファには、榛色の髪が見えない。台所のいつものテーブルには、映える赤色の代わりに、ちいさなメモが残っていた。見慣れたていねいな文字が綴られたその紙には、彼女のメッセージが残っていた。
『マスターのところに行ってきます。遅くなるかもしれないけど、気にしないで めいこ』
「……なんだ」
 ほっとしたような、残念なような。安堵感と居心地の悪さがない交ぜになって胸に広がった。
 そういえば、おれは、誰もいない家に帰ってきた経験がほとんどない。だいたい外出するときは彼女も一緒で、外出途中でわかれても、大概彼女の方が先に帰ってきていた。マスターに呼ばれるときだって、おれがメインの曲じゃなくても殆ど彼女と一緒に呼ばれた(コーラス担当だったから、一緒に呼ばれても仕事はすくなかったわけだけれど)。
 がらんとした部屋を見渡す。落ち着いた彩度の調度品のなかに、あの鮮やかな赤を探してしまう。留守番をしていたことだって何度もあるというのに、このもの足りなさはなんだろう。
「……もう一回、散歩してこようかな」
 誰にともなくひとりごちて、アイスを冷凍庫に、梅酒は戸棚にそれぞれ仕舞って、玄関へ向かう。さっき慌てて脱いだ靴が、いやにすっと履けて、なんとはなしに溜め息が出た。

 本日2度目の外出である。彼女とのいつもの散歩コース――動画サイトを巡りに行こうかとおもったのだが、自然と足が遠のいて、おれは相談掲示板の方へ向かっていた。たくさん立っている掲示板、ふとみたトピックに目を見張った。タイトル欄には堂々と「家族や友達への好きと恋人への好きは、どう違うのですか?」と出ている。
 息が、止まった。あまりにも無意識に、まったく自然に、喉の空気の通りがなくなっていたので、すぐに思考が追いつかなかった。おれは急に咳き込んで、そこでやっと、呼吸をしていなかったことに気づいたのだ。
 好きの種類。恋との違い。ずっと考え続けていた、きもちの境界線のこと。ここに、答えがあるのかもしれない。おれの欲しい答えが――おれの欲しい、答え、って? 以前、彼女に問うたときの回答は、彼女の答えは、おれの欲しかった「答え」じゃなかったのか?
 おれは、彼女に何を問うただろう。無論、「恋とはなにか」を問うたはずだ。彼女は誠実に、彼女自身の答えを示してくれた。その因果関係に、腑に落ちない点はない。
 そうだ。前提から間違っていたんだ。「答え」を訊く相手を、おれが「答え」のききたい相手は、ずっと前から、別にいたではないか。
 気づいた瞬間には、もう掲示板のことなんか忘れていた。

 息せき切って家の扉をやや乱暴目にあけると、そこには、彼女の靴があった。帰ってきている。好都合だ。
「ただいまっ……!」
「あっ、カイト! いままでどこ行って……!」
「ねえっ、このパソコン、まだ電源ついてるってことは、マスター、まだ起きてるよね!」
「は? たぶん、起きてるんじゃないかしら? そんなことよりっ」
「じゃ、じゃあっ、あのねっ」
 彼女のお小言攻撃を遮って、とにかく用件だけを伝えようとするが、生来の話べたが、ここで露呈する。ああ、もどかしい!
「――もし、できたらでいいんだ! いま、マスターに会いたいんだけど! おれらの方から会いに行くことって、できない? なにか方法、あるなら……!」
 アプリケーションソフトのくせに、マスターがフォルダにかけたロックのパスワードを、どこからか盗み出してくるほどプログラムの扱いに精通している彼女だ。もしかして、呼ばれなくても「出ていく」方法くらい、知っているかもしれない。知らないならそれでいい、自分でなんとか探すまでだ、と、期待なんてほとんどせずに尋ねた。彼女は、眉根を寄せてなにかを思案するようなしぐさをした。やがておれを見据えたその瞳は、値踏みするような、そんな意味を孕んだものに見えた。
「カイト、あんた何するつもり?」
「なっ、んでも、ないっ! マスターと話がしたくてっ……!」
「呼ばれたときじゃ、だめなの?」
「できれば、早いうちに……早いうちが、いいんだけど」
 そういうと、眉間のしわはそのままに、彼女は、苦々しげに口を開いた。
「……こっちから、マスターの方に行くことは、不可能じゃないわよ」
「ほ、ほんとう!」
「基本的には、ダイアログの表示方法の仕組みを応用するだけよ。あれは、マスターの意図とは関係なく出たり消えたりしているでしょう。そんなにかんたんじゃないけど……私もできたし、カイトにできないわけはないわね」
 驚いた。理論だけでも聞ければめっけものとおもっていたのだが、まさか、実践済みだとは。彼女も、マスターに呼ばれるばかりではなかったみたいだ。
「やり方、教えてあげるけど、あんまり頻繁に使うんじゃないわよ。私たちは、あくまでアプリケーションソフトウェアなんだから」
 おれは、神妙に頷いた。が、それは表面だけだ。ほんとうは、早くマスターのもとへ行きたくてうずうずしてばかりだった。

 彼女から教えてもらったやりかたは、何個かのエラー表示を騙し騙ししていくものだったので、すこしだけ手間だったが、できないことではなかった。最後のダイアログを消した瞬間、マスターに呼ばれるときの、ディスプレイの表面まで「上がっていく」感覚が、身体を支配する。そうしたら、もうすぐだ。ほんのちょっとで、マスターのもとに着く。一瞬のまばたきののち、眼前に広がったのは、いつものディスプレイの前に座るマスターの姿――成功した。マスターはきょとんとした顔をして、かいとくんもかい、と苦笑を洩らした。とん、とウインドウから飛び下りて、マスターの方をしかと見つめる。
「マスター。いま、時間、ありますか」
「ん、かいとくんの曲のミックス作業がこれ以上滞ってもいいならね」
 マスターは、慣れたようにいい返してきた――彼女は、もしかしたら、頻繁にじぶんからマスターに会いにきているのではないだろうか。そんな疑問が頭をかすめたが、おれは、そんなことを訊きにきたのではないのだ。
「マスター、その曲のことなんですが」
「うん」
「おれ、あの……いまだに、歌詞の意味がちゃんとわかってません。だから、マスターに直接訊きに来ました」
 相変わらず穏やかな顔で、マスターはおれの話の続きを促した。
「好きと恋の違いって、なんですか。いろいろ考えたり、調べたり……訊いたり、したけど、わかりませんでした。マスターの、話が、聞きたいです」
 体が熱くなる。ぼーっとして記憶がとぶ。マスターのいうとおりにできないなんて、アプリとして深刻なエラーが出る。

「おれ――マスターが、すきです」

 それだけは、ちゃんと、自分でわかるんです。
 だから、このきもちが恋なのだと、あなたが肯定してくれたら、すこしは恋について、わかるような気がするのです。

 穏やかだったマスターの表情に、影が差した。

07<< To Be Continued... >>09 (C)KERO Hasunoha
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[ 2009/07/15 01:35 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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