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恋するアプリそのきゅう! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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9.答えを聞きに行こう

「ずいぶん切羽詰まった顔をしてきたとおもったら、そんなことかい」
 マスターは、忌々しげに、ざっくりとおれの告白を「そんなこと」と切り捨てた。おれがあっけにとられていると、マスターは人を食ったような笑みを向け、さらに言い放った。
「いや、すまんね。『好き』と『恋』の違いがわからない、とか抜かした同じ口から、そんな言葉が出てくるとは予想外だったもんだから。うん、私もかいとくんのこと好きだよ」
 なんだ、この感じ。マスターは、笑っている。とてもとても愉快そうに笑っている。でも、目だけが、笑っていない。それどころか、憎悪さえ感じられるほどの、強いこころのこもった目だった。身体は急上昇する熱をかんじているくせに、身体の一番だいじなどこかが「さめた」ような感覚――コレは、怒り?
「……からかって、ますか」
「からかっているとも」
 乾燥してひりつくのどで、それだけ訊くと、マスターの答えは、相変わらずあっさりとしたものだった。
「こんなやつだと、おもわなかった――かい?」
 そのことばが、どこか遠くの誰かに向けるようにして放たれた気がしたのはなぜだろう。
「かいとくん、私が君を好きなのが恋じゃないように、君が私を好きなのも、恋じゃないって気付いてる?」

 頭の中、これは「ふられた」という状況なのだと理解する。マスターは、ごめんなさいの代わりに、おれの恋心を否定してきたのだ。この気持ちが恋なら、肯定してほしかった。いや、肯定されなくても、よかったのだ。ただ、こんな否定のしかたは、さすがにあんまりだ。
「……どういうことですか」
「何が?」
「おれのこのきもちが恋じゃないというなら、なんだっていうんですか!」
 半ば自棄になって、叩きつけるように叫んだ声は、マスターの良調声を受けているにもかかわらずひび割れていた。それが、いまのおれのきもちのありようを生々しく表しているようにおもえ、それでも叫ぶのを止められなかった。
「おれは、マスターのためにうたいたくて! あなたのために、上手にうたをうたいたくて! それなのに、そうおもえばおもうほど、うたえなくってっ……身体は熱くなるし、頭ぐちゃぐちゃだし、それにっ……し、嫉妬なんてきもちまで、はっきり自覚しっ……ちゃうくらい、おれっ……!」
 叫びながら、ひび割れた声が湿っていく。このきもちはなんだろう。かなしみと、怒りと、抵抗感、それに微量の解放感? きもちが一つに定まらない。とんでもない不協和音が脳内を駆け巡って、さらにおれを混乱させる。マスターの暗い目が、おれを捕らえた。
「……責任転嫁されても、こまるんだがねえ」
 つぶやき交じりにふうっと息を吐いたマスターの手に握られていたのは、琥珀色の液体と、氷の入ったずんぐりとしたグラス。彼女の晩酌で何度も見たことのあるようなその色とかたちから、それがなのだと容易に想像ができた。
「そもそも、君は私に歌詞の意味を訊きに来たんじゃないのかい?」
 飲んでいるのはお酒だが、まったく酔った風もなく、挙げ足を取ってくるマスター。普段おれたちに対するときは温和で柔和で優しいくせに、マスターの友達からマスターに対する評価が意外と辛いことは(不思議系のくせにモノをいうときはずばっというとか、話すとすごく頭を使うとか。もちろん、そのあとには「だがそれがいい」「それがアキラの個性だ」と続くのだが)、方々から漏れ聞こえていた。知ってはいたが――これは、たしかに、やりにくいタイプの理屈屋であると認めざるを得ない。
 泣いている場合ではない。これは、いささか険悪なやりとりになりそうだ。
「……おれは『恋』の部分が知りたくて、『恋』のことが知りたくて、ここに来たんです。おれ、さっきいいましたよね。『好きと恋の違いって、なんですか』って」
 はぐらかせないように、マスターの逃げ道を塞ぐようにいった。睨むようにして見上げたマスターは、おもしろくなさそうな顔でおれを見下ろしていた。逃げられてたまるか。おれは、これを訊きに来たんだ。おれたちの間に、しばしの沈黙が降りた。
 そして突然、マスターはにいっと口角を上げ、とても人の悪い笑みを浮かべた。
「かいとくんは、意外とよく考えてるみたいだ。それなら、私もまじめに考えを述べないとフェアじゃないよね」
 マスターの話が聞ける。でも、ここに来た時のあの焦燥感はとうに薄れている。それよりも感じるこの怖気は一体なんだろうかと考えていた、このときのおれは、まだ気づいていなかった。おれは、すぐに、自分のマスターの――人間の底知れなさを知ることになる。

「さて、私、さっき責任転嫁だといったねえ」
 あ、話はぐらかす前ね。そう付け加えたマスターは、グラスの中の氷を指でつついている。というか、はぐらかした自覚もしっかりあるあたり、このひとは悪魔的だとおもう。
「かいとくんは、私の望むようにうたいたくて、っていったね? うん。かいとくんのいうみたいに、相手の望むようにしたい、それは恋愛の要素として含まれることがらのようにおもうよ。相手に望まれるようにしたい、っていうのもね。でも、それだけなら、責任転嫁と一緒だよ。自分の行動の理由を、相手に押し付けているだけのようにみえる」
 それに、といったマスターは、グラスをマウスの脇に置き、宙を仰ぐ。
「君たちアプリケーションソフトのありようは、主の望むようにあるべき、なのでしょ? それなら、かいとくんたちにとってのそれは、むしろソフトの原理に忠実なのだといえる。それなら、かいとくんのそれは、いいかえるなら、私への『忠誠心』ではないのかな?」
 どうよ、と、したり顔で訊かれて、本音をいえば、戸惑った。しかし、ここでいいまかされていてはいけないと、胸のどこかで叫ばれたような気がした。
「おれ、ここには自分から来た気がするんですけど? それなら、おれはもうただのアプリソフトではないはずです、自律していて、その気になればマスターの命令も無視できる」
「それこそ、君のきもちを『忠誠心』と呼ぶにふさわしい理由にならないかな? 望んで主に傅くのだから」
「マスターの推測にすぎません。おれが『普通の』アプリでない以上、おれがマスターの望むとおりにしたいとおもったからって、それが『忠誠』か『恋』かなんて、わからないはずだ」
 だいぶ苦し紛れだがそういうと、マスターは、ここにきてはじめて考えるそぶりをみせた。
「たしかに、主従関係とか立場の上下は恋愛感情には関係ない場合もある。かいとくんのいうことも一理あるねえ」
 素直に認めたその様に、拍子抜けしなかったといったら嘘になる。しかし、これは、マスターからの反撃の合図でもある。
「しかし、かいとくん、私の命令の拒否ができるからといって、君が自発的に私にはたらきかけられることは、なにかあるのかい? 私と君じゃ、影響を与えあうということは、さすがにできないだろう。良くもわるくも互いに影響を与えるのは、恋愛の要素だとおもうけれど」
「たしかにおれはあなたに何もできないかもしれないけれど、そういうきもちをもっていることが、重要なのではないのですか」
 そのことについては、ハルカさんが来た時に思考済みだ。――彼女からもらった答えもある。
「おれだって、好きなだれかになにかしたいっておもいます。……姉さん……に、訊いたら、彼女は恋を『好きなだれかになにかしたいとおもうこと』だと答えました。おれもその考え方には全面的に同意します」
「『好きなだれかになにかしたい』か。さすが、めーこさんは考えたいいまわしをする」
 私なら――と、いいかけたマスターは、はたと思い立ったように動きを止めた。
「そういえば、私はまだ『恋愛』がなにものかを語っていないねえ」
 もっとシンプルに、そうだな、とひとりごとを呟きながら、マスターはなにか思案しはじめた。もしかしたら、いままでよりよっぽど堪える論が出てくるかもしれない。おれが身構えていると、マスターの、顎にあてがわれていた指が、虚空を指す。
「恋愛ってのは、究極的には子孫を遺すための準備だよねえ。相手が自分の遺伝子を混ぜ合わせてやるだけ価値のある相手かどうかみわけるための。……って、ソフトにこういう発想はないかな?」
 背筋に悪寒が走った。たしかに、おれたちソフトにはそういった思考や発想はない。必要がないからだ。人間のような行為も機能も、おれたちには無意味だ。コピーデータがあれば自分自身が増殖できる。生物の交配の最大の利点は、種を増やすこと以上に、種として環境に適応する次世代をつくることだという。しかし、おれたちは最初からスペックがきまっている。なけなしの学習機能だって、人間の高度さにははるかに及ばない。
 それなら――ヒトの恋愛が最終的に子孫を遺すためのものならば、子孫を遺す必要のないおれたちが抱くこの気持ちは、なんなのだろう?
「ああ、でも、そういう生殖的な意味では非生産的な恋愛もあるか。同性愛とか? そういうの。……そう考えると面白いねえ。子を産み出すことだけが目的地じゃないんだねえ、恋愛って」
「……恋愛に、目的なんてあるんですか。生理的な目的以外に」
 悔しいが質問せざるを得なかったおれを、マスターは、さも微笑ましいものを見るような顔つきで見ている。くつくつと笑ったマスターの顔は、愉快そうに歪んでいた。
「精神的な意味でってこと? それなら、相手をじぶんのものにすることじゃないかね。一生消えない絆で互いを縛る。いうなれば、つながっていないものを、なんとかしてじぶんとつなげたい、もしくは、そのつながりを強くして、離れないようにしたい。そういうことじゃないかい?」
「……ちがっ……おれは!」
「悠サンが来たときに、嫉妬したくせに? それは、独占欲と違うのかい?」
 ぐっ、と、詰まった。なぜそれを知っているのか問いたくなったが、それだけおれの態度があからさまだったことの証明以外のなにものでもないだろう。そうだ、おれは、マスターのそばに寄れないこの身体に、マスターと同じ次元にいられるハルカさんに、醜く嫉妬したではないか。マスターが彼女と一緒にいるとおもったときの、あの衝動と落胆は、あれは、独占欲ではなかったか。空気の塊が、喉につっかえた。
「で、も……それは、おれがあなたに恋しているということを、認める論理になりませんか」
「ならないよ。独占欲は恋愛の一部だけれど、すべてではないから。君の話をきいていると、恋愛の『要素』をかきあつめて、なんとかそれらしくみせようとしているように感じるよ」
 それは――おれも、感じていたことだった。この、マスターとの議論をはじめてから、薄々なにかが違うとおもいはじめていたおれにとって、それは決定的なひとことだった。おれの身がぎくりとすくんだのを、マスターは気付いていないようだ。でも、これ以上なにかいわれても、おれはきっと、マスターにいい返すことはできない。
 マスターの歪んだ笑顔が、ふっと消える。そして、ちょっと困ったいつもの笑顔で、マスターは言葉をつづけた。
「いいかたがきつくてごめんね、かいとくん。でもね、かいとくんのそれは、こんな強い言葉じゃなくて、もっとかんたんに柔らかい言葉で表せるきもちのはずだとおもうんだな」
 マスターだって、難しいことをいうのは、彼女と一緒だ。彼女のことを哲学的だとなんだのと揶揄することはできないくらいに、マスターは難しいことをいう。
「かいとくん、君が私を好きなのは、恋じゃないよ」
 それは、最初におれにむけて放った言葉だった。こどもにいい含めるようにいうマスターの表情は、穏やかな微笑みで、それでもやっぱり瞳は笑っていなくて、でもその瞳の奥に映るのは、憎悪じゃなくて、かなしみなのではないかと、おもった。
 話はおわりだね、といって、マスターはおれのウインドウを閉じようとした。思い出したように、マスターがいう。
「かいとくん、君は、もっと身近な愛を知るべきだ」

 おれにはなぜか、恋とはもっとおそろしいものだよ、と、いう風に、きこえた。

08<< To Be Continued... >>10 (C)KERO Hasunoha
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[ 2009/07/15 01:37 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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