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恋するアプリそのじゅう! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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10.一緒にいる夢

 失恋、というものをしたはずなのに、おれには、話にきいたほどの喪失感がなくて、むしろ、思考を占めるのは、マスターとした議論の内容や、その妥当性のことだった。反芻すればするほど、マスターのいったことが正しいようにもおもえるし、でも、それだけではないのだ、というきもちが渦を巻く。その思考の間に、以前のような苦しさや切なさは伴わない。それはたぶん、マスターのことは「好き」だけど「恋」じゃないからなのだろうな、と、おもった。
 きっとおれが恋だとおもっていたものは、手の届かないものへの羨望に似た独占欲や支配欲、もしくは、母親に甘える子どものそれに近かったのではないかと今ならわかる。
 ヒトの子は、ある一定の時期は、父親や母親など近親者に非常に高い好意や愛情を抱くという。そういった時期に、自分にとっての異分子――たとえば幼い弟妹や、それぞれの仕事だ――に近親者がかかりきりになったりすると、幼児返りして近親者の気を引こうとしたり、近親者がどこかに出かけようとすれば自分も一緒に行くといってだだをこねたりする、とも。一応成人設定のアプリケーションなのに情けないとおもうが、たしかにそういったきもちが否定できないのは事実で、きっと、ハルカさんに一方的な敵意を抱いていたのはそういう理由なのではないかとおもうのだ。
「……なんか、考えれば考えるほど……」
 なさけない、と、最後まで口にしないのはせめてもの意地だ。ソファでくったりしているおれを、通りすがった彼女が小突く。
「いたっ」
「なぁに辛気臭い顔してんのよ」
「ん、おれそんな顔してた?」
「普段なさけない顔が、余計になさけなくなってたわよ」
 こーんな顔、と、彼女が示した顔は、眉尻も目尻も口端も残念に垂れ下がっていて、なるほどこれはなさけないと認めざるをえないような顔だった。顔に出るほど素直、とは、こういうことをいうのだろうか。いや、素直ということじたいはいいことなのだろうけれど……わざと自分でいわなかったことを他人にいわれると、ちょっとへこむ。そんな顔だったのか、と、自分の頬をこねくり回してみる。が、彼女から漏れたのは笑い声だった。
「今の顔、すごくへんだった! ね、もう一回やって!」
「やだよ! なんでおればっかりそんなに何度もへんな顔しなきゃいけないのさ!」
「あら、じゃあ私が同じようなことしたらやってくれるの?」
「う……ん、おれのへんだった時の顔、再現してくれたらやってあげてもいいけど」
「えー? カイト、それは女性に対して失礼な話じゃないの?」
「やるっていったのそっちだろ!」
 やりとりしている間に、ふと、自分が笑っているのに気づく。やりとりの締めに、今日は晩ご飯なににしようね、昨日はお肉だったから魚料理にしようとおもうけど、なにかリクエストある? なんて訊いてくる彼女に、なんでもいいならおさしみが食べたいかなー、なんて返事をしながら――彼女なりに、元気づけてくれているのかな、なんておもうのは、傲慢だろうか。
「じゃあ、鯵のおさしみにしようかしらね」
「……ありがと」
 冷蔵庫を覗いた彼女にいうと、彼女は一度こちらを振り返って、それから、
「そうおもうなら、ちょっとは手伝いなさいよねー」
 そういって、笑った。
 おさしみの話じゃないんだけどな。でも、そのちょっと鈍い感性にも、こっちまであったかい気分になるやわらかい笑顔にも、救われた気になっているおれがいるのだ。

「かいとくん、やっとできたのだよ。例のアレ」
 あれから数日経った夜、おれに負けず劣らずくたびれ気味のマスターがおれを呼んだ用件は、おれの曲が完成したという報せだった。明日は久しぶりの完全オフなので、きっと明日じゅうに動画サイトに投稿したくてなんとか完成させたのだろう。あの一件以来マスターから呼び出しもなかったし、おれも自分からディスプレイに上がっていかなかったが、やはり、なにをいってもなにをしても、きちんと最終確認だけはさせるマスターは律儀というか、頑固である。
「やー、あの後いろいろ考えてねえ。オケも最初考えていたものとだいぶ違ったものになったし、動画はまだついてないんだけど、とりあえず――」
 いいかけたところで、けたたましい電子音が鳴った。何度か耳にしたことのある、携帯の着信音だ。マスターは、ち、と舌打ちして、誰だこんな時間に、と毒づいてから、携帯のフリップを開けて、慌てたように電話に出た。
「はいっ、東雲ですっ! お久しぶりです! 元気ですよー。あ、今ですか、だいじょぶです」
 さっきの険悪な表情はどこへいった、と問いたくなるくらい、喜色満面のマスターである。こんなに楽しそうな、テンションの高いマスターは、久しぶりというか、初めてみるんじゃないだろうか(音楽の話をするとき以外は、だいたいローテンションなマスターだ)。始終ニコニコとして通話していたマスターは、りょうかいです、といって携帯のフリップを閉じた。
「かいとくん!」
「はいっ!」
 マスターらしからぬキラキラとした笑顔で名前を呼ばれ、おもわず畏まって返事をしてしまった。
「私はこれから酒を飲みに行く。なぜなら、美憂先輩がじきじきに呼んでくれたからな! 行かないわけにはいかないよ!」
 ウキウキと部屋着からどの服に着替えようかと思案するマスターを横目に見つつ、おれは、あっけにとられていた。ミユウ先輩って、たしか、マスターがボーカロイドに手を出すきっかけになったという女性だったはず。マスターは、よっぽどその先輩に懐いているらしい。もうひとり、マスターに「先輩」と呼ばれた人をおもいだしたが、この喜びようには雲泥の差がある。
「そういうわけだから、うたの確認は私が帰ってきてからにしよう。じゃ、行ってくるよ」
「え、あ、ちょ、マス」
 最後まで言い終わらないうちに、強引にウインドウを閉じられてしまった。
 ――きっと、少し前なら、ここでいじけたり悲しくなったり腹立たしくなったりしたのだろうけれど、
「……あのマスターだから仕方ないか」
 そんな風に達観しておもえるのは、おれが、「マスターに恋をしている」という依存状態から独立した、ってことなのだとおもう。

 家に帰ろうとして、ふと、マスターの作った未完成曲の詰まったフォルダが目に入った。
『……メイコは、だれのために、なにがしたかったの?』
 あの夜、彼女とした会話を思い出す。思えば、「彼女」の名前をきちんと「彼女」のことだと意識して呼んだのは、はじめてだったようにおもう。それまで「MEIKO」という名前は、おれの――ボーカロイドとしての「KAITO」の前身ソフトの名前だったのだから。
「メイコ」
 ためしに、口に出してみると意外なほどするりと、違和感なく、その名前は放たれ、余韻もほとんど残さず消えた。その一瞬あとに、きゅうと胸に締めつけるような痛みが走り、おれはおもわず眉を顰めた。
 彼女を姉さんと呼ぶのをためらうくせに、名前でも呼べないのは、こういうことだ。なぜかわからないけれど、彼女をめいこ、と、呼ぼうとすると、軋むような痛みが走る。それはたいがい手の先だったり、首の後ろだったり、ごくごく局部的な痛みで、ちくりと針を刺したような程度なのだけれど、なぜだか妙にむなしくなるような、そんなきもちにさせる痛みだった。はあ、と息を吐いて、おれは、家までの道のりを歩きだした。
 彼女は、ずっと昔に恋をしていたのかもしれない、と、いった。約束された類のものではなかったという。そのために、「誰か」のために「なにか」をしていたのだ、とも。あのときの彼女の言い回しから、きっと彼女は「誰か」のために、「うたいつづけていた」のだというのは、わかる。でも、その「誰か」とは、誰だろう?
 まただ。マスターと話をしてから、この「誰か」が誰なのか、という問題が、以前より気になる問題として頻繁に思考に上がるようになっていた。こればかりは、さすがの彼女も教えてくれないだろう。直接訊くのは躊躇われた。
『……メイコは、だれのために、なにがしたかったの?』
 そんな風に一度訊いているけれど、あのとき、彼女は曖昧な――悲しそうな目で、それでもとてもうれしそうに笑おうとした結果、とても曖昧で複雑になってしまった、とでもいうような――笑顔でしか、応えてくれなかった。あんな顔は、初めて見た。いや、ほんとうは、どこかで見た気がするのだけれど、でも、覚えている限りで彼女があんなに切なそうな顔をしたのは、あれが最初で最後だったとおもう。これが、俗にいうデジャヴというやつだろうか。
「……知恵熱出そう」
 彼女の恋した「誰か」がだれなのか、とても気になるのだが、おれには考えるあてがない。一度はマスターのことかともおもったけれど、マスターは女性とは思えない言動や行動はしばしばだけれど一応女性だし、彼女(ら)に百合趣味はない(……はずだ、うん。ない)。なにより、彼女の「ずっと昔に」といった言葉が引っ掛かる。たしかにおれがこのパソコンに迎え入れられたのは彼女の後だったが、彼女だって「昔」と称するほどマスターのもとにいたわけではないのだ。
 あてもない考えにふらふらしながらも、家に辿り着いたおれは、そのまま倒れるようにソファに沈んだ。

 扉が見えた。その扉はいかにも重そうで、それでも、しっかりとおれたちに向かって口を開いていた。おれは、その扉が憎たらしくてたまらない。
 同時に、その腕に抱いただいじなひとが、愛しくて愛しくて仕方がなかった。
 お別れ日和なんて、そんなこというな。行ってほしくないんだ、行くなら一緒に行きたいんだ。子どものように拗ねて首を振るおれの腕を、やさしくぽんぽんと叩いて、それから、その指は扉の向こうを指ししめした。
 しっかりと抱きしめて、くちびるを重ねた。自分の涙の味がした。そのひとの門出に味あわせるには、あまりにさみしくて、かなしい味がした。
 そのひとは、笑っていた。でも、それまで見たどの笑顔よりも、悲しい笑顔だった。
 そんな顔させたいんじゃないんだ、そんな顔しないで――そう、たとえるならそれは、悲しそうな目で、それでもとてもうれしそうに笑おうとした結果、とても曖昧で複雑になってしまった、とでもいうような顔で――その表情を見るのに耐えかねたおれは、そのひとの名前を呼ぶ。

「メイっ……あだっ」
 勢いよく跳ね起きたら、勢いがよすぎてソファから転がり落ちた。腰を打った……正直、とっても痛い。
「カイト? 起きたの?」
 彼女が台所のテーブルから声をかけてきた。家について、ソファに沈んだのは覚えているが、いつの間に寝てしまったんだろう。
「もう、こんなところで寝ないでよね、私じゃあんたを担いで部屋まで運ぶなんてできないんだから」
 それでも、おれにまとわりついている毛布を見れば、彼女がおれの寝心地をよくしようとしてくれたのはあきらかで。ごめんと呟けば、だったらさっさと自分の部屋に帰りなさいと毅然とした声が返ってきた。

 その横顔は、夢の中のそのひとに、ひどく似ていた。

09<< To Be Continued... >>11 (C)KERO Hasunoha
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[ 2009/07/15 01:38 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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