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恋するアプリそのじゅうに! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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12.君のために

 走れば走るほど、エラーメッセージが増えていく。落ちているものに躓いたり、頭上から降ってきたりするくらいなら、回避できる可能性があるからまだいい。いきなり目の前にメッセージのダイアログが出てこられた時には、さすがに顔面強打だ。一度避けきれなくて顔をこすったので、もしかして頬が赤くなっているかもしれない。
 走りながら、耳を澄ます。相変わらずのエラー音に交じって、声が聞こえないか、呼吸が聞き取れないか、彼女の痕跡を探して耳を澄ましながら走る。どこだ、どこにいるのだ、彼女は。壊れたエラーメッセージや、破られたプロテクトの跡を追って走った。きっと、壊れたエラーメッセージは、彼女が投げつけたか踏みつけたかして壊したものだろうし、破られたプロテクトの跡には、修復したような跡も見えた。おそらくこれらの痕跡は、ここに彼女がいた、或いはここを彼女が通ったという証拠。潰れたようなファイルも散乱しているその場所で、おれは耐えきれずに叫ぶ。
「――め」
「カイト!?」
 おれが叫ぶよりも早く、メイコがフォルダを掻き分けるようにして出てきた。
「ノートンは!」
「動かなかった、期限切れで」
 これにはさすがのメイコも怒りを禁じえないようで、軽く舌打ちをした。取り繕うような口調になるが、おれは説明を続ける。
「でも今、『外』でなんとかしてもらってる」
「マスターが?」
「ううん、ミユウさんってひと。あとはなんとかするから、とにかく感染しないように逃げなさいって」
「黒部さん……?」
「知ってるの?」
「前にもこんな風になったっていったでしょ。そのときも黒部さんにデバッグをお願いしたのよ。でも、なんで彼女が? それも、こんなに早く……」
「えっと、それは……長くなるから省略。どうせ後でわかるから」
 さすがに、今のタイミングでこれ以上マスターに対する心証をわるくするわけにはいかない。メイコは、納得したような納得しないような表情だったが、面倒くさそうに頭を振って、緊迫した表情でおれを見上げた。
「まあいいわ。とにかく、黒部さんが来ているならなんとかなるわね。せめて、感染ファイルになって彼女の邪魔にならないように――カイト、上!」
 いわれて後ろに飛び退ると、さっきまでおれとメイコが立っていた場所に、フォルダが1つ落ちてきた。落ちたフォルダを見ると、端に黒い黴(カビ)のようなものがついている。おれは黴というものをじかに見たことはないが、マスターの日記の過去ログに、そんなものの写真が載っていたのを思い出した。フォルダのクリーム色の表面は、じわじわと黒い黴に侵食され、やがて溶け落ちるようにして穴が空き、中身のデータが散らばった。
「う、わ……!」
 中から出てきたデータは、フォルダと同じく黒い黴がついたようなものや、食い破られたような跡のあるもの、中には原型をとどめないほど溶けてどろどろになっているものなど、様々なかたちになって、それでも一様に「壊れて」いた。散らばったデータは、尚も侵食され続けている。――まさか、これに感染したら、おれたちもあんな風に、溶けてどろどろになって、跡形もなくなってしまうのだろうか。嫌な想像で怖気が走った。
「カイト、なにぼさっとしてんの!」
 メイコにぐいと腕を引かれて、さらに後ろによろけた。足元を見ると、先ほどの黴のようなものが、じわじわとおれたちの方に忍び寄ってきている。うまれてはじめて、鳥肌が立った。
「逃げるわよ!」
「う、うん!」

 走りながら端的な言葉でメイコが説明するには、そのウイルスは、メイコも見たことのないタイプだという。たしかに、おれもインターネットのサイト上でウイルスに遭遇しかけたことがあったが、その時はもっと虫みたいなかたちの固体があった気がする(まあ、それはそれで嫌なんだけど)。メイコは、前回のウイルス騒動の後、食い破られたデータの修復方法は勉強して習得したが、侵食するタイプ――つまり、このパソコンに猛威をふるっている、今回のウイルスの対処法は知らないといった。おれが見て追ってきた修復跡は、やはりメイコによるものだったらしい。
「……つまり、すくなくともいま、このパソコンの中に2種類はウイルスがいるってこと?」
「そういうことになるわね、不本意ながら」
「ほんっとに、ばかじゃないのか、マスター!」
 万感のおもいを込めて吐き捨てると、メイコはぴたりと足をとめた。
「……あんた、あんなにマスターにべったりだったのに、どういう心境の変化?」
「は? なに――」
 この緊急のときに、なにをいいだすんだ。それどころじゃないだろ、と、いいかえそうとしたが、おれが言葉を発する前に、メイコの栗色の瞳がおれを捕らえた。
「マスターが好きだったんじゃなかったの?」
 そういったメイコの瞳は、ひどくかなしそうで、そしてなぜか当惑が見え隠れしていた。
 その表情に、なぜかおれはとても衝撃をうけて、喉まで出かかった言葉を飲み込んだのだ。

 メイコはくるりとおれに背を向け、なにごとか操作するようなしぐさをみせた。
「……プロテクトかけるわ。ファイアウォールの紛いモノだけど、ないよりましだとおもうし」
 慣れた手つきでダイアログを出して操作するその背中から、声がする。その声からは、とくになんの感情もうかがえない。それが妙に鼻についた。
「マスターのことは、好きだよ」
 なんの変化も見られない赤い背中に、おれは声をかけつづける。
「でも、メイコが勘繰ってるようなきもちじゃないよ」
「私がなにを勘繰るっていうのよ」
「おれがマスターのことを好きなのは、メイコがマスターを好きなのと同じ……かどうかはわかんないけど、でも、すくなくとも『恋』じゃないよ」
「誰もそこまで聞いてないわ」
「だって、メイコ……」
「……覚えてない、んでしょ!」
 だん、と、大きな音を立てて、操作途中のダイアログに手をついたメイコの肩は、小刻みに震えていた。体の横から見える指は、力を入れ過ぎて白く色を失くしていた。
「それなら、そんな言い訳、しなくていいのにッ……なんでそう、言い訳がましいのよ……!」
 めいこ、と、その肩に手をかけようとして――背後から、ずしゃ、と、なにかが崩れ落ちるような音が聞こえた。咄嗟に振り向くと、大きなフォルダがひとつ、溶けはじめているところだった。崩れていくそのフォルダは、
「――マスターの、未完成フォルダ……!」
 メイコが悲鳴のような声を上げ、一も二もないという形相でフォルダに駆け寄っていく。その背中を追いかけながら、おれは必死になってメイコを宥める。
「メイコ、危ないって! アレ確実に感染してるだろ、メイコまで感染したらどうするんだよ!」
 手を伸ばしても、寸でのところでおれの腕をかわしながら、メイコは一目散にフォルダに突っ込んでいった。無茶をする、が、その行動に無駄はない。溶け落ちて口の開いた隙間からフォルダ内に潜り込んだメイコは、黒い黴にはギリギリのところで触らないように、なにかを探していた。身体が大きく、衣装もひらひらと長いものを着ているおれでは入り込めない。
「なにしてんだよ、戻れ!」
「いや!」
「なにだだっこみたいなこといってんだよ!」
「カイト、あんたは逃げてていいから、ていうか逃げなさい!」
「なんだよそれ! おれだけで逃げろっていうの!?」
 また、ぼろりとひとかけら、フォルダの外壁が崩れ落ちた。外から見る限り、中のデータはほとんど無事のようだが、それも時間の問題だろう。じわりじわりとフォルダの壁が薄くなり、溶け落ちていく。そんな中、メイコはひたすらデータを掻き漁っていた。大きくなった穴から、おれはフォルダに足を踏み入れ、メイコの腕を取った。
「探し物があるの、邪魔しないで! あんたは早く逃げなさい!」
「そんなものよりメイコの方がよっぽどだいじだろ!」
「――そんなものって、いわないで!」
 ぱしん、と、手を払われた。
 その瞬間、フォルダの内壁がデータのただなかに落下した。メイコは、それまで必死に繕っていただろうその表情を蒼白に歪め、おれの手を離れてまたデータの海に身を投げた。
 なんだって、このひとは、こんなに必死になっているんだ。メイコが感染してはウイルスの宿主を増やすだけだ。いまはウイルスの駆除が先決だとわかっているはずなのに。マスターの作りかけだろうがなんだろうが、データが壊れたら廃棄するしかないだろう。そうなってもマスターはまた同じモノをつくるだろうし、もっといいものをつくるかもしれない。それに、感染したからといって、状態によっては復旧できないわけじゃないのだ。メイコが冷静さを失うほどだいじなものなんて、ここにはないはずなのに!
「なに、なんなの! そこまでするだいじなものってなんなのさ! なんでそこまでして――!」
「やだ、やだ! 離してカイト!」
 再度振り払われた腕が、データのひと山を崩し、データが散らかった。その中の一つを見て、メイコは驚くほど俊敏におれをかわし、そのデータを拾い上げた。丹念に舐めまわすようにそのデータを検分した、メイコの動きが止まる。
「……私が、だれのために、なにをしてきたの、って、訊いたわよね。カイト……!」
「メイコ、いまそれどころじゃ」
「――私はねえっ!」
 がっ、と、マフラーを引っ張られ、メイコの顔が近くなる。瞳から溢れる涙がいやでも目についた。
「私はね、あんたのためにうたいつづけてきたようなもんなのよ! あんたがちゃんとこの世界で、うたえるようになるために、うたってきたんだから!」
「めー、こ?」
「私、また、あんたとうたいたく、って……かいと、の声、ききたく、てっ……」
 そのまま、おれのコートに縋りつくようにしてメイコは泣いていた。おれはどうしていいかわからずに、崩壊するフォルダの中、突っ立っていることしかできなかった。
「……いたくてっ……ずっと会いたくっ……それ……いままで……りで……!」
 嗚咽とコートの遮音効果で、とぎれとぎれにしか聞こえないメイコの声。その声を聞いて、今更ながら気づく。握りしめられたその手にあるデータ、それは、おれの声が入った、おれのうたったあの曲のデータだった。

 なんだ。彼女は、これのために――おれのために――こんな無茶までして、涙を流して?

 気付いた時には、迷わずメイコを抱きしめていた。
「――この声、私のためにうたってくれたのだったら、よかったのにって……おもったのよ? すごく、すてきな声、なんだもの……」
「そ、んなの、何度だってうたってやるのにッ……!」
 そうだ、こんなことしなくたって、うたってやるんだ。こんな、かんちがいでうたった恋のうたじゃなくて、きちんと恋心を知った、意味をわかった恋のうたを。今度こそ、君のためにうたうのだ。
「ずうっと待ってた、あなたのこと。また一緒にうたえてうれしかった……会えてよかった。だから」
 ちゃんと、逃げなさいね。
 そういって、メイコは、おれの手にデータを握らせ、おれをフォルダの外に突き飛ばした。直後、ウイルスの侵食に耐えきれなかったフォルダが崩れ落ちて、中のデータも、メイコの姿も、黒い黴に覆われたフォルダの外壁に阻まれて、見えなくなっていた。

 そういえば、すきなもののなかで、挙げ忘れていたものがある。
 おれは、メイコが好きだ。毎日一緒にいるけれど、メイコを嫌いだとおもったことはない。インストールされてから最初の1週目くらいの間こそ、毅然とした彼女に不必要な恐れを抱いたことはあったけれど、もうそんなきもちは欠片もない。メイコは、きれいでかっこよくて、賢くて努力家で、他の誰よりうたのうまい、おれのじまんの姉さんだ。マスターと同じくらいかけがえのない、もしかしたらマスターよりもかけがえのない、この世界で、たったひとり、
「メイコ……?」
 こんなおれでも、認めてくれて、励ましてくれて、心配してくれて――必要としてくれたひとだ。

 箱庭で別れた彼女の笑顔はとてもかなしそうで。
 おれを突き飛ばした彼女の笑顔はあまりにもきれいで。
 気付いたのだ。せっかく、かんちがいじゃない、恋に気づいたのだ。次はきちんとうたえる。
 君のために、君だけのために、恋のうただってうたえるのに。
 それなのに、こんな終わり方は、あんまりだ。

 慟哭が、響いた。その声は、まぎれもなくおれの声だったけれど、彼女がすてきだといったおれの声とは、似ても似つかない声だった。

11<< To Be Continued... >>13 (C)KERO Hasunoha
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[ 2009/07/15 01:41 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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