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恋するアプリそのじゅうさん! 

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恋するアプリ――From a music, "Application software in Love" by halP
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13.君がいないと

 そうしてどのくらいの時間が経ったのだろう。いつの間にか、視界の中から黒い黴や壊れたデータ、あれほど堆(うずたか)く積まれていたエラーメッセージやダイアログの残骸は跡形もなく消え去っていて、ああ、ミユウさんはウイルスの駆除に成功したんだな、とおもった。しかし、復元されていくパソコンの中、その場所に消えたメイコの姿だけが、どうしても見当たらなかった。
 手の中に握り締めたそのデータが、なんともうすっぺらくちっぽけではかなくて、こんなもののためにメイコがいなくなってしまったのかとおもうと、衝動的に壊してしまいたいという欲求が湧いた。ちょっと力を入れれば壊れそうで両手を添えればかんたんに割れそうで、それでも、メイコが必死になって守ろうとしてくれたものなのだとおもうと、とてもとても壊すことなどできなかった。
 動きたくない。動けない。なにもしたくない。倦怠感が身を包んで、もうこのままアンインストールされてもきっと自分の変化になんか気付かないんだろうな、と、おもった。
 ウイルスの駆除が間に合わなかったと、ミユウさんを責めるつもりなんてない。なんでもっとパソコンのセキュリティに気を配らないんだと、マスターを詰る気もさらさらない。ただただ後悔のタネになるのは、あの時、強引にでも彼女を連れ出して逃げなかった自分の不甲斐なさだ。
 箱庭のときは、不可抗力だとあきらめた。こんども、おれはあきらめるのだろうか。仕方のなかったことなのだと、彼女が望んだことなのだからと、あきらめるのだろうか。それでメイコは報われるのだろうか。
 まただ、またおれは置いて行かれたんだ。いつもそうだ。彼女は、おれのために頑張るくせに、自分のことなんて省みやしない。おれがいないとだめだなんていう癖に、さっさと自分は身を投げる。――でも、おれだって、ほんとうはメイコと同じきもちなんだ。おれはメイコがいないとだめだとおもうし、メイコに危険が迫れば躊躇なんかしない。彼女の腕をつかんだ時、手加減なんかしなかった。痛かっただろうな。
 きっと、おれがいつも置いていかれるのは、彼女の決断と行動が、おれより一瞬早いだけなのだ。
 枯れたとおもった涙は、まだぽろぽろと流れおちて、おれの頬を伝い、マフラーを濃く染め、コートに染みをつくっていった。そうしている間に、おれは、ゆっくりと、ディスプレイまで上がって行った。おれの意思に関係のない動作だが――主に呼ばれたらすぐに起動する、ソフトウェアとしてあるべき動作であるはずなのに、おれは、いまこのときほど、自分がアプリケーションソフトウェアであることを呪ったことはなかったようにおもう。

 ディスプレイの最前面に上がると、待っていたのはミユウさんだった。ディスプレイ隅の時計を盗み見ると、それほど時間はたっていないみたいだった。おれにとっては、何千年も過ぎたような感覚だというのに。
「カイト、大丈夫だった?」
「……はい。でも」
 メイコが、と、口に出そうとして、代わりに出てきたのは涙だった。ミユウさんが驚いた瞳でおれを見た。
「か、カイト?」
「め、いこ、が」
「メイコ?」
「おれ、メイコに、たすけられ、て、たの、にっ……めーこ、をっ、たすけられ、な……!」
 最後までことばにならない。なさけないったらない。不甲斐ないったらない。今更、あんなに彼女に助けられていたことを、あんなに彼女がおれをおもっていてくれたことを、あんなにおれが彼女をだいじにおもっていたことを思い出したって、
「あー、メイコね。うん、まあなんとかサルベージできたよー」
 彼女が戻ってくるなんて――え?
「へ?」
「ん? メイコでしょ? 呼ぼうか?」
 カーソルが移動して、ほどなく、おれの頭上左斜め45度のところに、エディターが出現する。ぱ、とひらいたそのウインドウから、ひらりとその身を躍らせてあらわれたのは――
「……メイコ?」
「カイト! なんでウチに帰ってこないのよ! 心配したじゃない! ウイルスに感染して修復不能になってたらどうしようかと……!」
 地に着くなり駆け寄ってきたメイコの手を、おもわず握る。
「……ホログラムとかじゃないよね」
「何いってんのよ。まさかウイルスにどこかやられたの?」
「うん、触れるよね……」
 開いた方の手で、メイコの頭を撫でてみる。榛色のその髪の毛は、触りごこちがよくて、いつも通りいいにおいがする。今度は、ぎゅっと抱きしめてみた。
「か……カイト?」
「うん、触れる……夢じゃないよね?」
「……カイト、大丈夫?」
 抱きしめた身体は、あったかくて細くてやわらかくて、メイコがここにいることを、くまなくおれに伝えていた。
「足あるよね、幽霊とかじゃないよね?」
「……なに寝惚けたこといってんのよ――ていうか、いい加減離しなさい!」
 ばこん、と、顎を打たれた。すごくキレのいいアッパーで、たぶんもうすこし場所が悪ければおれはもううたえない身体になっていただろう。吹っ飛ばされた勢いで顎を抑えながら、痛みを噛みしめる。ああ――うん、間違いない、メイコがいる。
「メイコ、なんで……」
「当り前でしょ、ひとまえで抱きしめるとかアンタッ……」
「そうじゃなくて、めーこ……あのウイルスまみれのフォルダで潰れたんじゃ……」
 メイコは、一瞬きょとんとして、それから口を尖らせていった。
「自分の身くらい自分でまもるっていったわよ、私。いちおう勝算はあったんだから」
「よくいうよー、あんなに必死の形相だった癖に。ギリギリだったんでしょ?」
 今までニヤニヤとおれたちのやり取りを見ていたのだろう、至極おもしろそうな顔をしたミユウさんが茶々をいれた。
 メイコの話を総合すると、メイコは、ウイルスに侵されたあのフォルダの壁が落ちてくる前に、ディスプレイの表面まで上がろうとしたらしい。それも、おれに教えてくれた時間のかかる方法より、よりかんたんで確実にディスプレイまで上がる方法で。ほとんど一瞬で操作はおわるらしいのだが、いかんせんその方法で落ちてくる壁を回避できるのはメイコだけである。そこで、おれを突き飛ばして逃げるように指示し、自分はディスプレイ表面に上がるという荒技でウイルスに侵食されたフォルダから逃げのびたのだという。
「でも、アキラちゃんのメイコちゃんの第一声が『カイトがまだ追われてるかも知れないから、早くウイルスなんとかして下さい!』だったのには笑ったなあ」
「笑いごとじゃないですよ! それに黒部さんも笑ってなかったじゃないですか!」
「ん、まあ必死だったからねー、私も。いきなりエディター表示されてびっくりしたし。でも、なんかアレだよねー。そこまでいわせるって、カイトもなかなかやるよねえ?」
 イキイキと話をされて、どう反応したものかと困ったが、なんとなくいろんなことを揶揄されていることだけはわかったので、とりあえず視線は逸らしておく。メイコの頬が染まっていたような気がするけれど、気にしない。気にならないったら、気にならない。
「さて、じゃあこっちもひと段落したし、アキラちゃんの具合見てくるねー」
 そうして、ミユウさんは席を立って、マスターがすやすやと眠っているだろうベッドところまで行ってしまった。ディスプレイ表面に残されたおれたちは、どちらからともなく歩み寄って、顔を見合わせた。
「……データ、ちゃんと大丈夫でしょうね?」
「うん」
 ホラ、と、握ったままだったその曲のデータを彼女に掲げてみせると、彼女はほうっと身体の力を抜いた。
「よかった……他のデータはほとんどダメになったみたいだけど、これだけでも壊されなくてよかったわ」
「……そのことだけど、メイコ」
 ぐいとその身を引き寄せて、腕の中に収める。また殴られるかな、ともおもったけれど、今回は(ミユウさんがいないせいか)案外素直なもので、なによカイト、と、抗議の声が聞こえただけだった。
「頼むから、もうこういう無茶、しないで。ね? こんなのマスターなら音源なんてすぐつくるだろうし、いまならおれだってもっとじょうずにうたえるし」
「でも……」
「もう、置いてかれるのはいやなんだ。だからもう、あんな風に無茶するのはやめて。ほんとに」
 頼むから、もう、置いていかないで。おれだって、メイコがいないとさみしいんだ。おれだって、メイコのためになにかしたい。腕に力を込めると、彼女のてのひらも、おれにしがみつくように握られた。
「おれにも、メイコのためにうたわせて下さい」
 おれが君のためにうたったうたをきくまでは、おれのそばを離れようとしないでください。そういうと、彼女はおれの胸に顔を埋めて、ふふっと笑っていったのだ。
 ――じゃあ、あなたが私のためにうたったうたをきいたら、離れていってもいいのよね?


 それから4つの季節がめぐって、家の中もずいぶんにぎやかになった。メイコは「姉」と、おれは「兄」と呼ばれるようになり、ふたりの時間はぐっと減ったけれど、相変わらずおれは彼女の晩酌にアイスでつきあっている。
「――ほんとに懐かしいわねえ、もう1年も経つって。月日の流れるのは早いわ、ほんと」
「めーちゃん、なんかそれおばあちゃんみたいだよ」
 うっさいわねー、と笑うメイコは、1年前とほとんど変わらない。たぶんおれも、1年前のあのときから、ほとんど変化はしていないだろう。1年前と変わったことといえば、おれがメイコに対する呼び方を、「メイコ」と「めーちゃん」で使い分けるようになったことと(最近じゃ、たまに「メイコ」って呼ぶと、メイコ本人から卑怯呼ばわりされる)、メイコがおれに対してちょっぴりデレるようになったことだ(でも、本人はデレているつもりはないらしい)。
 マスターから宿題出されたんだ、というと、ふぅん、と、気のなさそうな返事がきた。
「1年前よりもよいものをつくるために、最大限の努力をしなさいっていわれた」
「また、抽象的ねえ……」
「うん、でも、1年前っていろいろあったし。思い出すのが恥ずかしいこともなさけないこともいっぱいあるし、思い出すの自体に努力が要るよねえ」
「……なんで私を見ていうのよ」
「いや、その節はご迷惑をおかけしたなあと」
 食べ終えたアイスの空を脇に押しやって、彼女の目を見ていう。
「おれ、今度こそメイコのためにうたうからね。いまならちゃんと恋のうたの意味もわかるし」
「ばっ……なに恥ずかしいこといってんのよ!」
「ちゃんと離れないでいてくれたからさ、きかせてあげるよ。メイコのためにうたううた」
 にっこり笑っていってやると、彼女はすこしだけ頬を染めて、それからふてくされたようにいうのだ。
「……きいたら離れていくかもよ?」
「きいたら逆に離れがたくなるかも」
「バカ。自意識過剰もほどほどにしなさいよね」
「まあ、仮にメイコが離れていこうとしても、おれが離さないよ? 惚れ直させてやるからせいぜい覚悟してなよ」
「……バカっ!」
 そっぽを向いた彼女は耳まで真っ赤だ。その横顔が、なんとも愛しい。
 そう、これが、いまおれができる最大限の努力――こうして、君がいることを、君がいなくならないことを、こころからうれしいことだとおもって、これが恋だと確認し続けることなのだ。
「ずうっと、メイコに恋し続けてるんだからね、おれは」

 好きなだれかになにかしたい。それは博愛主義ではなく、また完全な利他主義でもない。
 しかし、そのおもいが恋に昇華するには、もうひとつ。きっと、お互い、どこか「このひとを守りたい」「このひとのために存在しなければならない」という、ある種の義務感のようなものが存在しなければならないのだと、おれはおもう。
 メイコがおれのために心を尽くしてくれて、おれはメイコのためにその傍にいたくて、お互いがお互いのために存在していなければ、おれたちは成り立たないところまできてしまったのだ。
 これが恋でなかったら、なんというのだろう。もしかして、愛とでも呼ぶのだろうか。

 ふっと、ディスプレイに上がっていく感覚が、おれの身体を包んだ。マスターがエディターを呼び出しているのだ。もうオケの調整は終わったらしい。
「……意外と早いなあ。じゃ、ちょっと行ってくるよ」
「ん、わかった。いってらっしゃい」
 せいぜい覚悟しといてやるわよ、と、呟いたのは、1年前と変わらない、優しい笑顔のめーちゃんだった。

12<< Fin. (C)KERO Hasunoha
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>>おまけという名の?

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[ 2009/07/15 01:45 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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