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同意を得られないものごと! 

村上春樹の1Q84、とうとうBOOK2も終盤になりました。具体的には天吾がふかえりを部屋に保護して、
青豆がホテルで1対1になったあたりです(読んでない人にはぜんぜん具体的じゃない)。

まあそんなことはほとんどどうでもいいのですけれど、私が村上春樹の著書を読むとき、だいたい
「私はとても重要なことだと考えているけれど、他人にとってはとるにたらないものごと」とか、
「私が声高に主張しても、ほとんどの場合同意を得られない思想やものごと」を思い出します。

私はとくに変な思考回路をしているとかそういう自覚はないのだけれど、伝え方が悪いのか何なのか
とにかく同意を得られないのです。大概、「なにそれ?」とか「それ考えてもどうしようもない」と
言われるようなことなので、多分、おおかたのひとにはとるにたらないことなのだと思いますが、
むしろ私に言わせれば、何でみんな疑問に思わないんだろうということばかりです。

というわけで、個人的にはすごく重大だと思うことなんだけど、きっと新年からこんなことを
考えているような人間は世の中に私のほかはあんまりいなさそうな話を追記にしたためておきます!

何をそんなに熱くなってんのばかじゃないの、って言われても、私には黙ることしかできないけれど、
すくなくとも私にとってはきちんと整理して考えるべき問題なんです!

******

どうしても勝ち目のない戦いとか、どうしても覆しようのない現実とか、そういうものがきらいだ。
たとえば、年齢とか。自分より先に生きている者が、自分より歳を重ねて色々な経験をしていると
いうことなど、それ以上に腹立たしいと思うことはないと思うのだけれど、だれも同意してくれない。

経験というものは貴重だ。得ようと思って得られるものではない。私が、いまここにある以上の経験を
積めないというのは、とても歯がゆいことのように思える。
私が生まれていないうちからいろいろな経験をしている人に対しては、本当に敵わない、と思わざるを
得ないようなことがたくさんある。それは、必然的だし仕方がないという人の方が多いのは知っている。
その隔たりは克服できる類のものではないと言われてきたけれど、だからこそ、許せない。
「克服できない」ということが、とても許せないと思うのだけれど、皆どうしてそんなにかんたんに
諦めてしまえるのだろう。個人的な意見としては、他人に対してアドバンテージがとれないというのは
いつの時代どの場所でも、生きて行く上で不利になるような気がするのだけれど。

(世の中人間平等だとか、ぜったいうそだ。
 だって、こんなにも「現時点での時間的な隔たり」は、覆され得ないのだから。
 ああ、でも、このアドバンテージがとりにくいシステムじゃないと、人間は生きていけないのかも。
 そんなにコロコロ権力が移り変わってしまっては、こまるのは人間自身だ)

******

「どうしてそんなことがわかる?」
1Q84の作中に、このような記述があった。そのひとことはとても私を不安定にさせた。

どの一点からかわからないけど、いつからか私は、はたして人間のかたちは私が見ている通りなのか、
と、いうようなことについて、ときどきふっと疑うようになった。
もちろん、視覚(網膜)がなにか不具合を起しているのかもしれない(視覚や網膜といった身体機関は
ずいぶん多くの情報を、複雑な方法で処理しているときいた)とか、もしかしたら脳の機能がなにかの
処理の果てに、そのようなかたちではない人間を、そのように見せているのかもしれないというような
ことを、疑っているのである。
あるときは、自分のかたちを触ってみて、あるいは他人のかたちを触ってみて、ちゃんと見た通りの
かたちをしていると満足したけれど、よく考えたら、触覚すらまがいものである可能性もあるのだ。

もし、私たちが日々見ている「人間」は、とんでもないまがいもので、私たちの目に見えるかたちと
まったく違うものだったとしたら、ほんとうの人間はどんなかたちをしているのだろうかとか。
もし、ほんとうの人間が、全く想像も及ばないような奇妙奇天烈なおそろしい姿をしていたとして、
そして、網膜か脳かなにかの作用で、人間のかたちを、今現在私たちが見ているようなかたちに
「見せている」だけなのだとしたら、それは一体どういうことを意味するんだろうとか。

たぶん、おおかたのひとは、そんなことあるわけないじゃん、って思うんだと思う。でも、
「どうしてそんなことがわかる?」
と、いわれて、私が納得するような論理を展開してくれるようなひとはいないと思う。
そもそも、そこまで仔細に説明してくれる誰かなんて、私は求めていないわけだけれど。

これは私が個人的に解明すべき問題であって、また1Q84のなかの一節を引用して表現するなら、
「説明しないとわからないようなら、どれだけ説明してもわからない」といった類のものだから。

******

だから私は心理学じゃなくて、どっちかっていうと哲学むきなんだと思ったの!/(^o^)\
1Q84を読み終わったら猶予の月を読んで、それを読み終わったらソフィーの世界を読み直す予定です。

[ 2010/01/02 02:39 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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