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オリジナル再録そのに(前編)! 

8/5、深夜2時頃、リト神に「再録原稿あがったぞー!」なメールを送ったら、
なんと返信が来ました。起きてたのかリト神。
そして結局何だかんだで3時半までメールしてました。
リト神お疲れ! 素敵絵ありがとう!

今回、総文字数が11,320とかいう数字になっていたので、前後編でお送りします。

******
名も無き、とある魔術師の物語――前編
******
リト神から頂いた!

 最近は魔術師よりも魔法遣いのほうが職業的な人気は高い。一般人にはどちらも同じ職業――魔法素元素を扱うという点で、同じ職業だと思われがちだが、内実は全く異なる。魔法遣いの認可試験に必要な履修科目は、中級魔法実技、魔法素原理化学、総史(魔法史、現代史、古代史の総合)エトセトラの、割と簡単なものが多いのに対し、魔術師認定試験の場合に必要な履修科目は、上級魔法実技(基礎魔法実技、中級魔法実技を含む)、魔術原理Ⅰ科、魔術原理Ⅱ科、魔法素原理生化学、総史、錬金術史、エトセトラエトセトラ……つまりは、むちゃくちゃ難しい内容がざらざら、というわけだ。また、認可にかんしては『研修期間』と称した一定の修行期間が設けられ、先輩魔術師(イコール、じぶんの師匠)のお墨付きを貰うことも、必須条件になっている。
 そして、魔法・魔術の使用は術者の体質――体内魔法素量にひどく依存する。生まれ持った魔法素量に左右されるため、素質の有無によって使える魔術のランクが変わってくる。修練次第で体内魔法素の限界量を上げることもできないわけではないが、それには相当な年月を費やさねばならず(確か5年で1%~1.5%だったか。頑張れば2%台に乗ると聞いたようなそうでないような)、延命魔術でも使わない限りは不可能だ。というより、体内魔法素量を増やしたがるような奴に、延命魔術なんか使える筈が無い。ちなみに、延命魔術は上級魔術クラスS。法律で使用禁止魔法に設定されている魔術のひとつだ。
 ……脱線した気がする。とにかく、魔法遣いは必要な知識と技術が少ない日常応用系の職種――たとえば魔法素を応用した機械の開発とか――の傾向が強く、魔術師はインテリな研究系の職種なのだということだ。

 俺は現在、魔術師認定試験の最中だ――といっても、ペーパーテスト・実技テストも通過した『研修生』という立場だから、若干試験という気も薄れている。というより、薄れているどころの話じゃない。無い。殆ど無い。全く無い。『研修生』とはいうものの、師匠がいる以上『弟子』の位置づけだ。弟子は師匠から殆ど家族同然の扱いを受けるのが普通だが、俺の師匠は、俺を家族どころか、下僕だと思っている節がある。いま思えば、初対面の時からこの扱いは変わっていない気がする。
 ――アンズ、という優秀な政府高官がいる。そう魔術学校(アカデミー)の教官にすすめられて、あれよあれよと弟子入りの手はずは整った。いざアンズなる男に会うため、研修生一日目の俺が期待と不安に胸を膨らませて、その戸口のドアベルを鳴らすと――およそドアベルとは思えない大きな爆発音(爆発音なのだ。ほんとうに)が、耳を劈(つんざ)いた。しばらく耳鳴りが止まず、やっと耳鳴りが収まった頃に、扉が乱暴に開け放たれた。出て来た人物に、俺は驚いた。
「貴様が僕に弟子入りを志願してきた奴か。……若いな。幾つだ」
 その名前(アンズ)と肩書き(政府高官)から、てっきり初老の男だと思っていたのに。扉の奥には、金髪碧眼の小柄な女の子が然も大儀そうに、仏頂面で俺を見上げていたのだ。驚かないわけが無い。たしかに完全能力主義な世の中だし、年功序列ではないから、こどもが「政府高官」であっても文句は無い。文句は無いのだが。どうみたって、アカデミーの初等科5年生(つまり10歳くらい)にしか見えない。4年生といっても通じるだろう。それに、一人称と言い回しもアンバランスだ。あきらかに年上の俺に向かって『若いな』とか。あきらかに、おかしい。おかしいを通り越して、呆気にとられた。
「あ、アンタこそ幾つだよ……」
 思わずぼそりと口走ったのが、そもそもの失敗だった。
 アンズ――師匠は、怒りを露にした顔で、俺を睨みつけ、
「――レディに年齢を訊くとはいい度胸だな。冥土の土産に教えてやる。僕は、いつわりなく14歳だ。それと」
 笑った。
「口のききかたには気をつけろ」
 ――その日二度目の爆発音は、随分な至近距離で聴こえた。薄れてゆく意識の中で、俺は、9つも年下のこどもに太刀打ちできない俺ってどうよ、と、どうしようもない自問をしていた。……ちなみに、倒れた俺はそのまま師匠の家の戸口にまるまる半日放置された。治癒魔法を(じぶんで)掛けた後、せめて止血くらいしてくれ、と師匠にいうと『何故僕がそんなことまでしなければならない? あれは貴様の自業自得だ。防御魔術くらい発動させろ』と逆切れされた。

「……シア」
 俺は、師匠にシアと呼ばれている。本名を名乗ると、『名前が長い。面倒だ。用があるときはシアと呼ぶ』と一方的に決め付けられ、しかしやっぱり呼ばれ慣れないと言うと、『この家にいるのは僕と貴様しかいないんだ。名で呼んで貰えるだけありがたいと思え』と一蹴された。俺の師匠はそんなひとだ。
「おい、シア!」
 やべ、呼ばれていたんだ! 振り返ると、心底不愉快そうな師匠と目があった。背筋に悪寒が走る。
「返事くらいすれば良いだろうに」
「……はい。すみません、師匠」
 ドスの効いた声に萎縮する俺。情けない、とは、敢えて思わないようにする。さて、ここで普段なら攻撃魔法のふたつやみっつが飛んでくるものだが。
「……まあいい。仕事が来る。手伝え」
 飛んでこなかった。さては、新手の肩透かしか? ――ではなく。
「仕事が……え、『来る』?」
「ああ、来る。何度も言わせるな。取り敢えずお前は客間を片付けて、茶菓子をすこし多めに作っておけ」
「お菓子作りなら師匠の方が上手じゃないですか」
「……僕は、仕事の勝手も知らない未熟な貴様が、到底為しえない類の準備に取り掛かる。僕が地下室から戻るまで、間をもたせろ」
 そんな一方的な、と反論する前に、師匠はローブの裾を翻して地下への――師匠の研究室に続く階段を降りて行った。
 そりゃあたしかに、俺はまだ師匠に弟子入りして1週間くらいだし、だいたいこれが初仕事なのだから、勝手がわかる筈も無いのだ。あの言い分は理不尽だ――けれど、仕方が無い。というより、師匠には逆らえない(癇癪もちなのだ。『任意で』破壊魔法を『暴発』させようとする)。俺は師匠に言われた通り、客間の掃除をはじめることにする。横倒しになったソファを元の位置に戻しながら(何故ソファがそんな状態で転がっているのかは、言わずもがな、だ)、茶菓子は何にしようかと考える。……アプリコットのジャムがある筈だから、スコーンでも焼こうか。
 それにしても、『仕事』が『来る』、とは、どういうことだろう?

 あと5分でスコーンが焼きあがる、といった時に、ドーンという爆音――もとい、師匠のお手製ドアチャイムが鳴った(師匠いわく『一種の余興だ。案ずるな。鼓膜は破れん』)。急いで玄関に向かうと、ひとりの少年が戸口に立っていた。魔術学校初等科の制服を着た少年は、心底驚いたような表情で硬直したまま動かない。……ああ、こうして今日もドアチャイムの犠牲者が増えていく。
「だ、大丈夫か……?」
 少年が大丈夫である筈は無いのだが(なにしろ俺も経験者だ)、とにかく、俺は少年に声を掛けながら、ドアチャイムを扉から外した。少年はしばらく放心状態で焦点も合っていなかったが、もういちど声を掛けると、はっとして我に返り、顔を真っ赤にしてあたふたしはじめた。
「あ、だだ大丈夫です、大丈夫です! す、すみません! すみません!」
 いやそんなに謝らなくても良いのに。いや、むしろ責められるべきは師匠だろう(こんなことを口にしたら殺される。『逆切れしてください』といっているようなものだ)。
「あ、あの、……あの。あなたが、『アンズ』さん……ですか?」
「ん、ああ。俺の師匠がアンズだよ」
「ほ、ほんとうに!」
 少年は、身を乗り出し、瞳を輝かせて俺を上目遣いに見た。
「あのっ! ほんとうに、ほんとうですか! 自由をくださるって、ほんとうですか!?」
 ――は?

 少年の名前はユカというらしい。歳は12。明るい栗色に金をすこし混ぜたような色合いの長髪を、首の辺りでひとつに束ねている。学生服を着ていなかったら、危うく女の子に見えなくもない中性的な顔は、緊張のためかひどく強張っている。俺は焼き上がったばかりのスコーンとアプリコットジャム――師匠の「生活の糧」だ。師匠は、暇さえあればずっとこれを舐めている。ちなみに、冷蔵庫にも戸棚にも同じメーカーの同じサイズの同じアプリコットジャムの瓶が何本も並んでいる。だかた、1本くらい失敬しても大丈夫。多分。そう思いたい――を両手に持ち、片手間に淹れた紅茶を物質浮遊魔法で移動させて、ユカの座るテーブルに戻った。
「ほら、紅茶。……ちょっと濃いめだけど」
「あ、わ。ありがとう、ございます……シュアルヴィスさん」
 飛んできたカップを、ユカは大事そうに両手で受け止めた。
 シュアルヴィス、というのは、俺の正確なファーストネームだ。ファミリーネームはアンラジハネルという。普段呼ばれている略称からすれば随分長く感じるが、ほんとうならこれが普通だ。知り合いには、もっと長い名前の奴もいる(バルーロウェルベリスクアスタとか。ちなみにこれがファーストネーム)。だからこの少年の「ユカ」という名前もきっと略称とかあだ名だろうし、師匠の「アンズ」というのも通称とか通り名(もしくは偽名。師匠なら平気で公文書も偽造しそうだ)なのだろう。
「シアで良いよ。ここではそうとしか呼ばれてないから」
 正直、略称に慣れると本名が長ったらしい。
「あ、は、はいっ! シア……さん」
 何故かおどおどして真っ赤になるユカ。……きっとそういう性格なのだろう。
 ユカが本名を名乗らないのは気になったが、それにはなにかしらの理由があるのだろうし、あまり深く突っ込まないことにした。詮索は好きじゃないし、こういうのは、大抵面倒な事情があると相場は決まっている。

「――で、自由がどう、とか言ってたな。それってどういうコトなんだ?」
「え?」
 スコーンをつまむ手を止め、きょとんとして顔を上げるユカ。……口の周りにジャムがついている。
「ほら、さっき。戸のところで。自由がどうたら叫んでいたじゃないか」
「えっ……と、シアさん、お師匠様の仕事の内容、ご存じない……ですか?」
「あ――……うん。実はさっぱり」
 信じられない、というように、ぽかんとしているユカを見て、やっぱり俺は苦笑せざるを得なかった。
 俺が目指しているのは司法系の職種――認定魔術師公務Ⅰ科の難関だ。これに就職する為には、やっぱりそれなりに地位の高い魔術師のもとへ弟子入りしなければならない(ほんとうはそういう規則があるわけでもない。ただ、有力な魔術師とつながりがあればなにかと有利なのだ)。とはいうものの、司法に携わる者はあまり公の場に名を明かさない。機密保持とかが面倒だから、皆一様に隠れて出てこないのだ。だから、ウチの魔術学校では「学生のおおまかな希望をもとに、学校側が率先して研修生の受け容れ可能な術師とコンタクトをとる」という保護策を講じている。俺もそうだが、身近にアテの無い学生はみんなこのシステムを使い、学校経由で弟子入りを果たした(いま思うと、希望調査にはおおまかに書きすぎた気がする。司法関係職種希望、できれば実践的に修行の出来るところ、としか書かなかった)。ほんとうなら弟子入り先の情報――たとえばどんな仕事をするとか、どんな環境だとか、どんな師匠だとか、他に弟子は何人いるとか、誰と権力的なつながりがあるかとか――も、かなり詳しい範囲で入ってくるものなのだが、俺は内定を貰ってからも詳しい情報は貰えなかった。そういうものなのだろうと思って来たのだが、この1週間で俺がやったことといえば、食料の買い出しや部屋の掃除、実験器具の修理、師匠のかんしゃくの相手(俺が相手をしなければ、家具に甚大な被害が及ぶ。壊れるどころではない。消失する)くらいのものなのだ。ちなみにその間、師匠が何をしているかといえば、ソファでジャムを舐めていたり、自室(師匠の自室はつまり彼女の研究室だ)に閉じこもっていたり、凝ったおやつ(あくまでもじぶん用)を作っていたり、外に出ていたり、帰ってきたかと思えばムッとした顔でやつあたりしてきたりしている。
「あの、えっと、ボクも良く知らないんですけど。んと、アンズさんに会えば、その……『自由』をくださる、らしい……です」
 埒があかない。
「……ゴメン。もうすこし具体的に詳しく」
「え、えっとぉ……」
 返答に詰まったユカは、顔を真っ赤にして心底困ったように目線を泳がす。
 会話の途切れたタイミングにあわせるように、きい、と扉の開く音がして、師匠が部屋に入ってきた。このままだと気詰まりだったし、ちょうどよかった。

「お待たせして申し訳ありません」
 戸口に立つ師匠を見て、俺はぎょっとした。師匠は、さっきまで着ていたのとは別の服――仰々しく装飾のついた、しかし決して派手ではない、師匠らしいといえば師匠らしい法衣を着ていた。サイズが大きめなのか、帽子はすこしだぼついているが、こうして見ると立派に一人前の魔術師のように見えるから不思議だ(こんなことを口に出したら殺される。普段はただのガキにしか見えないと告白しているようなものだ)。しかし、一番驚いたポイントはそこではなく、その柔和で優しそうな可愛らしい笑顔の方だった。師匠は一旦俺の方を見たあと、ユカの方に視線をずらした。
「こんにちは。私が、アンズと申します」
 こんな風に丁寧に挨拶する師匠を、俺ははじめて見た(一人称が『僕』じゃない!)。気のせいか、声がいつもよりも若干高くなっているようだ。ユカを見る瞳にも、普段の凍て付くような鋭さはなく、むしろ柔らかでふんわりとした“女の子”の瞳だった。ユカは一瞬目を見開き、それから俺と話していたときよりも更に顔を紅くして(まさかこんな子が好みなのだろうか)、椅子から立った。
「はっ、はじめまして! あ、あのっ、ユカって、ゆ、ユカといいますっ! えっと、えっと……!」
「ユカさん、ですね。こんなところなので居心地はよくないと思いますが、どうかゆっくりしてらしてください」
 にっこり、という擬音語が聞こえてきそうなほどに清々しい笑み。師匠は優雅な身振りで机に近づきユカを椅子に促してから、俺に席を譲らせてユカの正面に座った。俺はそのまま追加のお茶を用意しに台所へ立ったが――二重人格者のようだ、と思ったのは否定しない(こんなことを言ったら殺される。以下略)。

「そういえば、まだご用件を伺っていませんでしたね。今日は、どのようなご用件で?」
「あ……。……自由を、くださる、魔術師がいる……と、聞いて、それで」
「はい、私のことですね」
 さらりと言う師匠。流れに乗って、俺はさっきから気になっていたことを口にした。
「師匠、自由をどうこうって……」
「あなたには後で説明しますよ、シア」
 口調は丁寧で(二人称が『貴様』じゃない!)、こっちに向いた顔はやはり笑っていたが、醸し出す雰囲気はいつもの師匠だ。つまり、有無を言わせないオーラがビシバシ伝わってくる、ということ。『もう口出しするな』という警告。笑っていると、いつもより更にオーラの威力が増すように感じたのは、言うまでも無いことだけれど(普段の仏頂面の方がまだマシに見えてくるから不思議だ)。
 俺は師匠に見えない程度に肩を竦めて姿勢を正した。師匠は構わず話を続ける。
「それで、あなたは自由を求めてここに来た、ということでよろしいのですね?」
「は、はい!」
「理由をお聞かせ願えますか?」
「……そ、それは」
 ユカが言いよどむ。視線が泳いで、頸(こうべ)が垂れた。師匠はすかさず言う。
「それを仰って頂かないと、私は何もできません」
 優しい声音。甘ったるさも媚びも感じない、ただただ安心する口調だった。たとえるならば、ぐずるこどもを宥めるときのような、そんな感じの。
「……でも」
「大丈夫です。外部に漏らすようなことはしません。ここで話されることは、一切を機密として扱います」
 ちらりとユカが顔を上げる。顔色が悪いのが、ありありとわかる。
「……まだ、誰にも、ちゃんと……話したこと、なくて」
「はい」
「うまく、喋れるか、わからない……です、けど」
「慣れています。安心して、ゆっくり話してください」
 こうして、ユカの長い話が始まった。

 ユカの話は脱線したり、横道に逸れたり、どもったり、時間軸が前後したり、ふといきなり黙ったり、およそ説明というにはたどたどしいけれどとにかく、短くまとめるとこういうことだった。
 ユカは某魔術学校の初等科6年に在籍中なのだそうだ(俺の通っていた学校もいわゆる名門校だったが、ユカの通っているその学校も、この辺りでは屈指の名門だ)。一年前までは成績も良く、友人にも恵まれて今よりも随分快活な性格だったらしい。
 ――しかし、どういうわけか、一年前からユカに対する執拗ないじめが始まった。具体的な内容は、それは随分と非道いもので、下手をすれば死んでいてもおかしくないほどのものまであった。
 ユカ自身に全く覚えは無い。けれど、日増しにエスカレートするいじめ。防衛魔法を試みた時もあったようだが、ユカの体内魔法素量が他人より少ない所為でことごとく破られてしまっていた。軽い攻撃魔法を試みても、威力が弱すぎて歯牙にもかけられなかったり、キャリーオーバー(魔法のランクが術者の実力を超えているときに起こる)の反動で自身が傷ついたりで、何の効果もなかったそうだ。
 そして精神的にも体力的にも余裕の無くなったある日、魔術学校の教官から一枚の地図が渡される。ここ――アンズの家、今俺たちのいるこの場所――ならば、殊ユカの欲しがる安息と自由に関するならば、それをどんなかたちであれ人に与えてくれるのだ、という説明つきで。

「……終わり、です」
 うつむいたまま、ユカは言葉を切った。俺はといえば、そのユカの様子が痛々しくてユカを直視できず、視線を泳がせていた。師匠は、聞き始めたときと殆ど変わらぬ姿勢のまま、顔に悲壮さだけを滲ませていた。
「わかりました。結構です。……つらい話を、させてしまいましたね」
 こころなしか、師匠の声は湿り気を帯びている。
「ですが、これであなたの望む自由を与えることができます」
 ユカが顔を上げた。目の周りがかすかに赤い。
「……お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直してきます。それを飲んでから、儀式をはじめましょう」
 師匠はゆったりと立ち上がり、台所の扉の向こうに消えた(というより、扉をすり抜けた。面倒臭がり)。そこではじめて、ユカははたはたと涙を零した。
「ユカ……」
「あ、だ、大丈夫です……。なんだか、すっきりしました」
 俺は、そのときはじめて、ユカの笑う顔を見た。

「気持ちを落ち着ける効果の香草(ハーヴ)をブレンドしました。お口に合うと良いのですが」
「ありがとうございます、アンズさん」
 とくとくと注がれた師匠お手製の香草茶は、ほんのりと湯気をくゆらせていた。注がれ終わって殆どすぐに、ユカはじぶんのカップを一気飲みで空にした。あれだけ喋ったのだから、無理もない。
「美味しいですか?」
 ポットを机に置き(俺のはじぶんで淹れろということらしい)、師匠は尋ねた。
「はい、凄く美味し……」
 不自然に途切れた会話に、カップに茶を注ぐ俺の手が止まる。慌ててユカを見遣る。すると、ユカはカップをソーサーに置いた状態のまま、ぐったりと椅子に凭れている。かくりと垂れた首。まるで身体に力が入っていないその様子に、俺は驚きで声が出なかった。
「お前は飲むなよ。解毒調合が面倒だ」
 師匠の口調に、いつもの冷徹さが戻った。ユカを見る視線には、先ほどの柔らかさは欠片も残っていない。師匠の持つ冷たい鋭さが、雰囲気によく表れていた。
「な……何? 毒……!」
「正確には毒ではない。僕は『通常の飲用許容量を超えた香草』を『濃縮』して茶にしただけだ」
「どっ、どうして!」
「愚問だな」
 師匠の顔が、怒りと軽蔑を含んで歪む。普段なら、破壊魔法の段階(レヴェル)6くらいの大技を出されていてもおかしくない状況だが、そんなことを考える余裕なんか無かった。師匠が杖を取り出してはじめてその危険性に気がついたくらいに、俺は動揺していた。
 師匠が杖を持ち直してこちらを見る。俺は反射的に身構えたが、師匠は一瞥しただけで、くるりとローブの裾を翻した。
「――仕事だからに決まっているだろう」
 その言葉と行動の意外性に、俺は絶句した。師匠は杖を地下へと続く階段の方へ向けた。地下から鍵の外れる音が聞こえ、やや間があってからばたん、と扉の開く音が聴こえてきた。
「『それ』を運んでついて来い。……良く見ておけよ。これが僕とお前の仕事だ」
 肩越しに猟奇的で狡猾な笑みを見せてから、師匠は地下へと降りていった。俺は混乱しながらも『それ』と指差されたユカを抱えて、師匠のあとに続いて階段を降りた。

TEXT:(C)KERO Hasunoha. PICT:(C)RIT Xybata.
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なかがき。
ここまでで6,000字強。ひいい! 後半もどうかお付き合い下さいー。

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[ 2006/08/05 22:24 ] 小説系 | TB(0) | CM(0)

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